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21.精霊
ガンマの洞穴に戻ると、蔦を潜ってすぐのところに果実や木の実が入った籠が置いてあった。汲みたての水が満たされた小さな水瓶も。籠の中には新しいパンもある。
籠と水瓶を持って奥まで入ると、ガンマは寝床であの不思議な水をコップに入れて飲んでた。中身の満ちた新しい瓶が、ガンマの寝床の傍らにある。
「これ、どうしたの」
「…………」
ガンマは怠そうに少しだけ顔を上げ、くちを小さく動かして、またカップに口を付ける。
そばまで行って、もう一度同じ事を聞くと「……シグマ」近くに来て耳を澄ませて初めて、ようやく聞こえるような声で答えた。
「シグマが持って来てくれたの? 今までも?」
コクンと頷いて、またひとくちコップから飲んで、ふう、と息を吐いてる。
ガンマの世話はシグマたちがしてるってことなのかな。確かシグマは二匹だけのはず。筆頭はずっと一緒にいたから、持って来たのは次席かな。
今まで寝たり起きたりだったし、気づいたらこんな風にパンや果実が増えてたけど、ガンマって食事はどうしてたんだろ。絶対自分で木の実を取りに行ったりしないよな。まして料理なんて絶対やらない。竈も使ってなかったし。
「じゃあ新しいパン食べる? 果実と一緒に、あの飲み物も」
声を低めて語りかけると、頭が少し動く。半分寝ながらだけど、頷いてる。
シグマの真っ白な髪をそっと撫でたら、くちもとが少し笑みの形になった。
可愛いな。ちっちゃな子狼みたい。
けど多分ずっと年上なんだ。
精霊のこととか古い郷の話なんか詳しくて、棚の書物や記録を読めと命じる感じとか、やっぱり成獣なんだなと思う。それに俺の親が子狼だった頃のことを知ってた。少なくとも俺の親が生まれたとき成獣だったってことだ。だとしたら、すごく年上だろ?
なぜ若い姿なのかは分からないけど、すぐ疲れるのは老いているからなのかも知れない。
でも小さくて軽いガンマは、やっぱり可愛い。
思わず抱っこして撫でたりしてると、囁くような声で色々教えてくれた。
主に精霊のことだ。
精霊とは。
風や水や火や大地のように世界の理より生み出されたもの。
木や草や花といった大地の恵みを受けるもの。
虫や小鳥のような小さな生き物とか獣たち。そんなあらゆるものに宿っている。
ガンマは『産まれたばかり、汚れない意志』と言った。
産まれたばかりってことは幼狼と同じってことだ。無垢で、感覚しかない。
だから、精霊は『こうしたい』と思ったらやるし、『ここにいたい』と思ったらいるし、『こいつ好き』と思ったらまとわりつく。やりたくないことは絶対にやらないけど、森を治める人狼も森の一部だから大切で大好きなんだって。
けど逆に、何かのきっかけで『嫌い』と思ったら絶対に近づかなくなる。
郷が衰えたり森が枯れたりするのは、精霊がそこを嫌いになるからだと聞いた。
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