接近戦

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 幹事がおれ一人ではなく、しかも、二次会へと流れる人数が少ないのも利用させてもらった。 おれは一次会で、無事に幹事のお役御免となった。  忘年会が〆られた時点で見掛けた八広の姿は、若干前屈みで足元がおぼつかなかないようだった。 とっとと帰ってしまったのだろうか? あの、ふらつく足で。  イマドキの若者だから、それも十二分にあり得る――。 彼はおれよりも、下手をすれば六才も若かった。 そう思いつつも、おれの足は自然とトイレへと向かっていた。 ただただ、衝動と経験則とに付き従っていた。  出来るだけそおっと、ドアを押す。 三つある個室の内、一個の扉だけが閉じられていた。 前に立つと、人の気配がした。  押し殺し切れない激しい息遣いが、トイレの壁越しに漏れ出てくる。 ――そして時折交ざる、粘った水が跳ねる音。 思わず喉が鳴った。 彼は居る、ゼッタイにこのドアの向こう側にいる。  確信すると同時に、名前を呼んでいた。 「八広君、磐田だけど。居るの?大丈夫?気持ち悪いの?」 どの言葉も嘘もうそ、真っ赤っかな大ウソだった。 八広が彼がここに居て、大丈夫で、――しかも、気持ちがいいことをおれは知っていた。  いきなりドアが開き、案の定、彼が顔を出した。 そして、続いて伸びてきた腕に、無言のうちに個室の中へと引っ張り込まれた。
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