5.

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 この一連の話をしたのは、留美が初めての相手だ。  両親にも、突き飛ばした経緯は伏せたのだから。  話を聞き終わっても、彼女は鼻をヒクつかせて、泣き止んでくれない。  改めて謝る俺へ、逆に留美が頭を下げた。 「なんかもう、ゴメン。そんなことがあったなんて」 「留美は悪くないじゃん。教えなきゃ、想像もしないだろ?」 「先に聞けばよかった……」  モゴモゴと話の感想を言おうとする彼女を制して、ぎこちなくも笑って気持ちを切り替える。 「そういうわけだからさ、コンビニで何か仕入れてくるよ」 「あっ、ラーメンがあるよ、すぐ作れるやつ」 「おー、そりゃありがたいな」  シチューは自分が食べるからと、彼女は俺の皿にラップをかけて冷蔵庫に入れた。  ラーメンを作ろうと材料を取り出した留美が、キッチンから振り返り、こちらへ声をかける。 「ねえ、食べられないのは牛乳だけ?」 「ゲル状ってのかな。あれに匂いとかがつくと、もう無理だ」 「白いだけなら平気なの?」 「そりゃあ、豆腐やらカマボコは大丈夫だよ」  色だけで反応していたら、白ご飯すら食えやしない。  彼女は答えに納得したようで、本当に素早くラーメンを仕上げてきた。 「これは……豚骨味?」 「そう」  白く不透明なスープから、結構きつい匂いが立ち上がる。  なるほど、彼女が白色でも食べられるかと尋ねたのは、これが理由か。  留美のシチューも温め直し、夕食を再開する。  ラーメンは相変わらず妙な苦味を感じたが、これなら最後まで食べられるだろう。  麺を(すす)る俺に、やっと彼女も笑い返してくれた。 「よかった。食べてくれて」 「美味しいよ」 「デザートはココナッツプリンね。牛乳プリンに似てるけど、味は全然違うから」  スープを最後まで飲んだところで、そのプリンがテーブルに登場する。  確かに、食べられなかったプリンと外見はそっくりだ。  味が違うというのも彼女の言う通りで、微妙に不味いのは豚骨ラーメンに似ているような。  そう、ラーメンと同じ苦味があった。  ゴーヤチャンプルは、ハナから苦いものだろうと考えた。冷や奴は、なぜ苦いのか首を捻る。  ケーキまで苦いのだから、漢方薬でも入れてるのかと疑った。  共通するのは苦味、それに――。 「なあ。留美の料理、白いのが多いよな?」 「あっ、気づいた? 白はねラッキーカラーなんだよ」  風水でもネオ占星術でも、最近流行りの神代占術でも、白が俺と留美の護り色なんだと説明された。  白を取り込むことで、色のパワーに護ってもらえる――。  滔々(とうとう)と語る彼女の言葉が、俺の耳を素通りする。  留美もまた、一種のマニアだ。占いマニア、か。  爺さんが思い出されて眉根が寄るが、害が無いなら我慢すべきだと考え直す。  少しくらい、大目に見なくては。他は文句のつけられない彼女じゃないか。占い好きなんて、よく聞く趣味だ。  自分で自分に言い聞かせていた俺は、瑠美から目を逸らして視線を彷徨(さまよ)わせる。来た時とは、部屋はまるで違って見えた。 「……あ、俺、今日は帰るわ」 「え? 雪降ってるし、危ないよ」 「大丈夫だって。レポートの期限を忘れてた。すまん、また電話する」  早口で捲し立て、プリンを途中で放置したまま玄関へ向かう。  留美はドアまで見送ってくれたのに、俺は振り向きもせず駐輪場へ走った。  チューブの数が、異様に多かったからだ。  ペチャンコに凹んだ絵の具のチューブが、部屋の隅に(うずたか)く放置してあった。  あんなに使うものなのか?  これが俺のトラウマだ。  どのラベルも、白い絵の具だった。
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