第1章

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 リンは石の杭に背を向けて歩き出した。  ナギが慌ててその後に続き、その更に後からクレイも付いて行く。  思いの外すんなりと話が進んだが、流石に話が上手過ぎる気がして、クレイは少し不安になった。    リンは一体何を考えているのだろう。  クレイは先を歩くリンの背中に向かって、怖々問いを投げかける。 「あの……信用してくれるのは嬉しいんですけど、そんなに簡単に村まで連れて行ってもらっていいんですか?」 「いいよ。お前、悪い奴じゃないみたいだし」 「余計なお世話でしょうけど、あまり人を外見で判断しない方がいいと思いますよ」 「大丈夫だよ。お前とは精神を繋げて話してるって言っただろ? 余計なことまで読み取らないようにはしてるけど、お前の心に触れればお前がどんな奴かくらい、すぐわかる」  どうやらリンは外見ではなく、心で自分をいい人間だと判断してくれたらしい。  心の全てを読み取られてしまうかも知れないことにはやはり不安を感じるが、いい人間だと思われたことは素直に嬉しかった。    自分という人間にもほんの少しは価値があると言われたような、そんな気がする。 「ありがとうございます」 「別に礼を言われることじゃないと思うんだけど、面白い奴だな。ところでお前、いつもそんな畏まった感じの話し方なのか?」 「え、違いますけど」 「だったら普通に話していいよ。私は一族の中じゃ偉いことになってるけど、無威者(むいしゃ)――ああ、お前が言うところの人間のことなんだけど――お前には関係ないしさ」 「じゃあ、お言葉に甘えて」  クレイは一度言葉を切ると、恐る恐る尋ねてみた。 「その、気を悪くしないで欲しいんだけど、長って本当?」 「そうだけど、おかしいか?」 「おかしいって言うか、意外だなって。僕の生まれ育った国だと、そういう立場の人は大抵それなりに年の行った男の人だから」 「ふーん? でも私達の一族――有威者(ゆういしゃ)と私達は呼んでるんだけど、私達は力ある者しか支配者と認めないし、力さえあればそれがどれ程年若い奴でもみんなの上に立てるんだ。性別は強さに関係ないしな」 「ああ、なるほど」  クレイは半信半疑ながらも、とりあえず納得した。  有威者の一族は、人間とは全く異なる価値観を持っているらしい。  きっと有威者にとっては年齢や性別だけでなく、血筋も何の意味も持たないのだろう。  人間ではないのだからそれも道理というものだが、髪や瞳の色を除けば人間とそう変わらないように見えるのに、中身は全く違うのが何だか不思議だった。 「強い人が一番偉いなら、長をしてる君は有威者の中で一番強い訳だね」 「正確には三番目かな。一番強いのは王と、王と同等の力をお持ちのお妃様だ。でもあの御二方は別格だし、王はご自身で統治はなさらないから、今は私と私と同じくらいの力を持ってる友達が一緒に一族を治めてる」 「へえ?」  自ら統治をしていないということは、王は傀儡ということだろうか。  実力主義の割に、最も力のある者が統治していないというのは矛盾している気もしたが、有威者達にもいろいろと事情があるのだろう。 「他に何か訊きたいことはあるか?」 「じゃあ、さっき君は僕を歓迎するって言ってくれたけど、どうしてなのかな? 僕は君達の言う無威者なのに」 「無威者だからだよ」 「え?」  クレイが聞き返すと、リンはクレイを振り返って言った。 「私達の一族はもう種として老いてしまっているみたいで、ここしばらく子供は生まれていないんだ。もしかしたら、この先一人も生まれることはないのかも知れない。だから一族に新しい仲間を入れて、子孫を残したいと思ってるんだよ。まだちゃんと決まった訳じゃないし、事が事だから反対している奴も多いけど」 「それで人間を?」 「そういうことだ」  有威者の状況は理解できたが、無威者を一族に取り込むという手段は果たして有効なのだろうか。  クレイはそう疑問に思わずにはいられなかった。  確かに外見は似ているが、無威者と有威者との間には猫とライオンに匹敵する程の差異がある気がする。 「僕達と君達の間に子供ってできるのかな? 前例はなさそうだけど」 「確かに前例はないな。でも王はとても凄い力を持った方だから、無威者を一族の者に転化させることはできるんだって。相当体に負担が掛かる筈だから、耐え切れないと死ぬこともあるかも知れないっておっしゃってたけど」 「そ、そうなんだ……」  最悪命を捨てる覚悟でここまで来たが、流石に人間でない存在になるというのは想定していなかった。  人間でなくなるのは、自分が自分でなくなってしまうようで怖い。  だが、今の自分にそれ程固執する必要があるだろうか。  とてもそうは思えなかった。  人間でなくなったからと言って、内面に大きな変化が生じるとは限らないが、人間でない存在になることは今の自分からの解放を意味するのかも知れない。  だとしたら、人間をやめるのも悪くなかった。  もしかしたら、人間でなくなる前に死んで楽になれるのかも知れないのだし。
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