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PM 5:00
暗い。何も見えないほど暗いわけではなく、仄かな光を纏った暗さ。天井から吊るされたランプが優しく辺りを照らし出す。店内には、ジャズらしき音楽が御客の心を揺さぶらない程度に流れていた。
・・・いや、私がたいして音楽というものに興味がないだけだから、なのかもしれない。若しくは、私のいる場所が音源から最も離れているから、なのかもしれない。
少なくとも、私のこの思考の時間を邪魔するほどの大きさは、ここまで届いていない、というわけだ。
音楽は思考の邪魔をする。
それは、間接的に鬱陶しいということだ。言うなればスポーツにおいて、私のパスを受け取った味方が、その先で待ち構えていた相手選手に切られてしまうように腹立たしい。
とりあえず私は、その空間での読書を好む。音楽が耳障りだと言うのなら、図書館なり自分の家なりもっと静かな場所があるだろう、と思われる方もいるだろう。しかし、静寂は時に精神を惑わす。そう私は思っている。だからこそ、微弱に流れる空間で私は本を読み、考える。
ところが、今回、いや本日、私は持参した本を閉じて、こうして読者様に語りかけている。なんのことはない。この店内にいる他の人には迷惑はかけてはいないのだから。全ては私の頭のなかで始まり、完結する。
私の目の前で起こった事を私なりの分析をかけて語っていく。目の前といっても、遥か彼方のテーブル席につくお客様の話なんだが・・・。
あん?何も見えないんじゃなかったのか、だって?
何も見えないなら本を読むなんて芸はしない。テーブルには本をめくるくらいの明かりが各所に灯っている。それに私が気になっている人は窓側の席にいる。こんなに店内が暗かろうと、外の世界と一枚硝子で隔てられたその場所は他のところより少しばかり明るい。
だが、私は首を傾げよう。何故外の光が入る場所があるのに、こんなにも店内は暗いのか。確かに日の入りの時刻も早まるこの季節、この時期は暗くて当然だ。それでも、闇が優るこの景色は不思議だ。隣の席のおじさんの顔さえよく見えない。目の前のテーブル上で、作業できるくらいの弱々しい明るさ。
窓側のテーブルだけしか照らせない光の強さなのか、はたまた通路に滞留する暗闇が射し込む陽の光の侵入を妨げているのか、と私は考えてしまう。ある意味神秘といえよう。こんなにも暗がりと明るみが生息区域をキッチリと分けているのだ。
私は、その神秘な世界の狭間にいる“彼ら”が気になった。店の客層とは随分程遠いように、私は思ったのだ。
彼らは、一方は青年でもう一方は少年のようだった。
片方は大学生か高校生のようで、他方は高校生か中学生のようだった。
どうやらこの店は、万人受けする店となりつつあるようだ。そもそも私が気づかないだけでもっと前から、オープン当時からそうだったのかもしれない。
どちらでもいいが、私はその少年がとても気になった。
私は、子どもが嫌いだ。
何を考えているのか、全く分からない。はかり知れぬ行動力をもち、意図の見えない言動をする。何色にでも染まってしまう彼らが不安で不安で仕方がない。そのくせ、責任は染まった本人ではなく、染めた側。全くと言っていいほど、どこまで考えても、付き合いにメリットを感じさせない者達だ。
だからといって、私にとっての不満材料が目についたわけでもないし、カッコいいとか、可愛らしいとか思ったわけでもない。
彼の目が、青年に向ける「眼差し」が、私の気を引いた。それは、通りすがりの電気屋のテレビの前や駅のホーム、見ようと思えばどこでも見られる光景だ。しかし、そんじょそこらでふと目に入ってしまうものよりも「深く」、「神々しい」ものだった。
目は口よりも多くを語る。私は、その人の生きてきた人生をも語ると思っている。もっと言ってしまえば、その人の一生を語ることになると言ってもいいくらいだ。
少年は、青年の為なら全てを投げ出すだろう。
彼の顔は、ファンがアイドルの推しメンを見るようなそんな顔だ。いや──それよりも酷く、虚しく、輝かしい。
その目には、「羨望」が浮かんでいた。
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