牧先生と千都香(金継ぎ師弟の恋にはなれない恋の話)

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 何故、そこで止めるのか。  千都香は(うつむ)いた。  最後まで読めば良いのだ、そうすればこう書いてあるのだから──「今ではその風習は形だけになり、フェーブを引き当てた人はその年の幸運を得、それを皆で祝う縁起物のお菓子として知られております」と。 「……」 「……」  二人とも、何も言えない。  一人を選んでと言われても、今日は四人居たが、明日は。 「……帰りますっ……」 「……あー……お疲れ……」  その晩千都香は悶々と悩み、翌朝意を決して家を出た。 「おはようございますっ」  声を掛けて開ける扉は、相変わらず施錠されていない。 「先生、おはようございます」  壮介はもう仕事をしていた。   「……おう」  気まずい。  壮介の後ろ姿から目を逸らした千都香は、ソファの前にあるローテーブルに、冠と皿が置いてあるのに気が付いた。  皿の上に乗っているのは、ガレットのかけらと、ラップだけだ。 「あー!!」 「……んだよ」 「先生、食べちゃったんですか?!」 「……寝る前に、腹が減った。」 「だからって二切れ全部?!」 「……起きたら腹が減っていた。」 「ひ」  ひどい、と言いかけて口ごもる。  これはこれで、良かったのかもしれない。昨日から悶々としていた問題に、方が付いたのだ。ガレットが無ければ、何をどうすることも出来ない。 「ひ……とりで食べたなんて、ずるいです。」 「悪い。その代わり、これはやる」  壮介は立ち上がって、千都香の前に手を出した。千都香が思わず差し出した手のひらの上に、ころんと可愛らしいハートの形のフェーブが乗った。 「……今年の幸運なんだろ。お前が持ってろ」  そう言うと壮介は俯いている千都香の頭に、ぽんと金の冠を乗せた。  【この年のガレットは、これでおしまい】  
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