牧先生と千都香(金継ぎ師弟の恋にはなれない恋の話)

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【とりあえずビール】※新しいけど超小ネタ 「先生」 「あん?」  千都香は注文の品をテーブルに置きながら尋ねた。 「どうしていつも『普通のビール』ばっかり飲んでるんですか?」 「あ?」  質問を聞いた壮介が、あからさまに不機嫌そうになる。 「何言ってんだお前。ここは、『ビヤホール』だろ」 「そうですけど、お家でもビールばっかり飲んでますよね……」  千都香は壮介の絶望的な冷蔵庫を思い浮かべた。  ビールとビールとビールとビールと、つまみらしきチーズと、あとは千都香の買った食材位しか入っていない。あれはもはや冷蔵庫ではない。ビールセラーだ。 「そりゃ……酒と言えば、とりあえずビールだろ」 「え、そう……?」  眉間の皺は同じだが、壮介の雰囲気は、不機嫌百パーセントからは離れて、やや困惑寄りになった。  その困惑が移ったかの様に、千都香も困惑する。千都香にとっては、酒と言えばフルーツベースのサワーか軽めのカクテルだ。基本的には甘くて、飲むとふわふわする飲み物だ。 「千都ちゃん?」 「はい?」  千都香と壮介がお互いに困惑していると、助けの手が入った。 「あのね。壮介が若かった頃は、ドリンクメニューがこんなに豊富じゃ無かったんだよ」 「はぁ?!」 「えっ?!本当に?!」  もちろん、嘘である。  しかし、和史に大袈裟に溜め息を吐かれて千都香は思い出していた。言動が大人げないので忘れがちだが、壮介の実年齢はここに居る誰よりも上なのだ。 「……そうでしたね……先生は、昔の人なんでしたね……」  千都香は生暖かい目で呟き、和史と毅が重々しく頷いた。 「そうそう。ガラケーだしさ」 「電話も骨董品だしなあ」 「あれ、ウチの下北の店なら売れると思うんだよね」 「そもそも家電(いえでん)が有る事自体が骨董なんじゃないでしょうか」 「お前らなあ!」  こそこそと話している振りをして聞こえる音量で話している三人に、壮介がキレた。 「和史んとこだって家電は有るだろうが!!」 「あれは、家電じゃなくて店電かなー」 「毅んとこも有るだろ!?」 「工房構えるまでは無かったし、留守電くらいは付いてるぞ」 「っ!」 「……やっぱり、昔の人……」 「ちょっと待て!俺はまだ三十四だ!」 「俺は三十二になったばっかり」 「三十が残り少なくなったな」 「私はまだ二十代です」 「っっ!!」 「だいたい、千都ちゃんが生まれた頃、壮介は小学生じゃん。俺達はまだ幼稚園だったのに」 「そっか。私が小学生の頃、先生は高校生ですね」 「ってことは、壮介の最初の就職の頃も千都ちゃんはまだ小学生……」 「それは……犯罪の匂いが」 「しねぇわ!!」  勝手に酒の肴にされてムッとした壮介は、持っていたジョッキを空にして、千都香に差し出した。 「とりあえず、普通のビール!」    *      千都香が最初の頃持っていたビールへの疑問は、そのうち当たり前すぎて薄れてしまった。やがて、ビール以外の飲み物を頼んだ壮介を見ると、違和感の(はなは)だしさにどうにも落ち着かなくなるのだが……  千都香がそれに気付くのは、まだまだ先の事なのであった。      【超小ネタ終】
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