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いやいや、と翔子は頭の中で自分の頬を叩いて、いつの間にか落ちていた視線を上げる。
ここで「じゃあいいよ」と引き下がれば何も変わらない。「いいから答えてよ」と無理強いするのもフェアじゃない。相手に正直に答えてもらいたいんだったら、自分も正直に答えないと。
「先週ね、駅で夫婦喧嘩を見かけたの。モラハラに近かったかな。旦那さんから奥さんに。お前が悪いんだからお前が謝れとか、なんとか。何をそんなに旦那さんが怒ってるのかは分かんなかったんだけどね、ビール片手に何度もおんなじことを奥さんに対して繰り返してるから、周りの人もうわーって引いててさ。小さなお子さんが二人も一緒にいてそんな状態だったんだよ?」
「お子さんって、その夫婦の?」
「うん。一人は旦那さんが抱っこ紐つけてて、もう一人は奥さんと手を繋いでたから。奥さんはマタニティーマークもつけてたんだよ?」
「それは引いて当然だろうな。モラハラって、最近何かと話題だし」
「そう。それで、それを見て思ったの。子供の前でそんなモラハラに近い夫婦喧嘩って、絶対子供に悪影響じゃん。そもそも、そんな公共の場でお酒飲みながら奥さんに喧嘩ふっかける人の子供って、絶対遺伝子的にも良く育たないでしょ。全部親の責任なんだろうけどさ、そういう子供を教育するのも小学校の先生の仕事なわけでさ。やっぱり子供も些細なことで喧嘩になったり、いじめに発展したりするわけよ。家庭で悪い見本を見て育った生徒に対して、どうやって道徳的なことを教えたらいいかなって。それが最近の私の悩み」
「ちょうど法律でも体罰が封じられたしな。怒鳴るのもだめだっけ?」
「そうそう。じゃあ、お互いの認識を共有させるのはどうかなって。子供も自分は悪くないだの相手が悪いだの言って、全然仲直りできないの。でもそれは、自分の人に謝る基準が、相手と違うからなんじゃないかって気づいたわけ」
「それがさっきの、人ってどういう時に謝ると思うか、っていう質問に至ったカラクリ?」
「そういうこと!」
だか、この話は嘘ではないが真実ではない。
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