そこまでハードルが高くない痴話喧嘩シミュレーション

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 まず、駅で旦那さんから奥さんへのモラハラを見かけたのはホント。モラハラに近い夫婦喧嘩とは言ったが、実際は完全なるモラハラだったのでちょっと嘘。奥さんは何も旦那さんに言い返せない様子で、周りもそれを察してた。旦那さんの後頭部を回し蹴りするシミュレーションを頭の中で何度もしたほど、旦那さんには腹が立ったし、目の前で苦しんでる奥さんに対して何もできない自分にも腹が立った。「完全なるモラハラ」と称すると、その怒りがこの場で完全に復活しそうだったので、「モラハラに近い夫婦喧嘩」に変換して感情を調節したわけである。今日は怒りを聞いてもらいたいわけじゃない。  モラハラの現場に子供がいたのもホント、奥さんが妊娠中だったのもホント。その現場を見て、どうやって生徒に「謝る」ことについて教えようか悩むようになったところが、真実ではない。  もちろん教師として、生徒にも「謝る」ことの大切さは教えたい。ただ、モラハラの現場を見て真先に思ったのが、生徒ではなく雄介のことだった。  雄介とはゆくゆく結婚したいと思っている。交際は順調と感じているためそのうちするのだろう。雄介はギャンブルもしないし、浮気の心配もないから結婚して苦労することはないはず。だが、モラハラに苦しむ主婦としてモザイクを被った女性がニュース番組の特集で口を揃えて言う言葉が、「夫は結婚してから豹変した」である。  雄介も豹変してモラハラ夫になるかも知れないという兆候は、考えてみればあった。雄介とは合コンで知り合い、交際に発展して二年弱。付き合いはじめてから今まで不満に思ってきたことでもある。  それが、自分から謝らないという性格だった。待ち合わせに遅れてきたとき、雄介自身が予約すると言っていたはずのレストランがちゃんと予約できていなかったときでさえ、彼は謝らなかった。「謝ってよ」と言うと喧嘩になりそうだから、喉まで込み上げた言葉を飲み込むのが常。雄介のほうが五歳年上で、営業先の病院の先生が堅物だのとストレスが溜まっているらしいことも、進言しにくい要素である。  雄介がモラハラ夫になるだけじゃない。翔子自身も喧嘩を避けるために我慢し続けることで、モラハラに対抗できない妻になるのではないかと思った。  親がモラハラに悩むのも、親が自分から謝らない性格なのも、生まれてくる子供にとっては悪影響だろう。家庭環境的、遺伝子的に自分から謝らない子供を持つのは、同じような生徒を持つこと以上に苦労することだろうとも。  雄介がモラハラ夫にならないため、生まれてくる子供を自分から謝れる性格にするため、今のうちに雄介を教育しよう。この動機が、「ねえ、雄介はさあ、人ってどういうときに謝るものだと思う?」に至ったカラクリである。
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