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雄介と目が合った。
「あのときは、その、ごめん」
翔子は笑った。
「ありがとう。生徒に教育するいい練習になった」
「なんだこれ」
雄介は煩わしそうに笑う。
「でも、謝ることだけじゃなくって、お互いの基準ってやっぱり絶対一緒じゃないから、こうやって確認したほうが平和に解決できるよね。一人で悶々と悩んだり、悪口を言ってる時間が勿体無い。思ってることを相手に共有することで、嫌なことは解決するかもしれないし、いいことは相手を幸せにするかもしれない」
気づいたら、夫や彼氏の悪口で盛り上がっていた隣の女子会は静かになっていた。
翔子はようやくビールを口に運んだ。あのとき言えなかった「謝ってよ」は、時間の経過と偶然見かけた他人のモラハラによって鍛えられ、良い付加価値をもって雄介に伝わった。
ドキドキしていたのは、雄介が基準の違いに寄り添ってくれなかったらどうしようと不安だったからだ。「そんなこと知らない」と話し合いを放棄される可能性だってあった。その場合は、辛いけど、別れを切り出そうと思っていた。
この世界のすべての人と友達になれるわけじゃない。基準のずれがあまりにも大きければ、分かり合うのは難しいだろう。精神を削るくらいなら、お互いのためにも、関わりを持たないほうがいい場合もあるということだ。
翔子は雄介の目を見て微笑んだ。
体罰や怒鳴ることを使わないしつけって難しいと思ってた。大人同士の喧嘩も同じ。けど、こういう痴話喧嘩なら、そこまでハードルも高くない。
雄介は照れ臭そうに微笑んだ。
「翔子、いい奥さんになるよ。俺には勿体無いないくらい」
「え?」
「いいと思ったことを素直に相手に伝えてみた」
翔子は綻ぶ口元を紛らわすように、串に刺さったままの焼き鳥を食らった。鏡のように、雄介も同じ動作をしていた。
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