そこまでハードルが高くない痴話喧嘩シミュレーション

　隣は女子会らしい。ここが窮屈で騒がしい居酒屋であることをいいことに、旦那や彼氏の悪口で盛り上がっているようだ。発言者以外の三人全員の「分かるー！」という声が揃うと、ドッと大笑いで盛り上がる。スロットの絵柄が揃ったときに爆音でメロディーが流れるゲームセンターみたい。これを発言者を交代で回わしてやっているわけだが、もう十回以上連続で当たっている。

　隣の席の笑い声が収まったタイミングで、翔子は口火を切った。

「ねえ、雄介はさあ、人ってどういうときに謝るものだと思う？」

　対面の雄介は煮卵を箸から落とした。すぐに拾って、口で煮卵を噛み砕きながら言う。

「なんで急に」

　翔子は喉をビールで潤し、肘をついた手に顎を乗せた。

「なーんか、ふと思ってさあ」
「ふと思ったって、なんで」

　いや、さっさと喋りなさいよ。そんなキャッチャーが困るような豪速の直球でも、ナックルボールみたいな消える変化球でもなかったでしょ。こっちは一週間前からこの話題のシミュレーションしてんのよ。程よく酔ってきたところで急に浮かんだ他愛もない話題を振ったサバサバ系女子みたいな感じを演じたけど、心臓はバクバクなんだから。