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歩き始めてからほんの数分で、私は歩みを止めた。
恐ろしい唸り声を聞き、振り返ると真っ黒な熊のような生き物がいた。それが牙をむき、駆け込んでくる。
私はとっさに叫んだ。
『ターンエンド!』
私が目を開けると、クマの姿が消えてなくなっていた。
そっと端末を確認すると、4月3日の0時になっている。やっぱり、これはターンエンドという能力の効果なんだ。
そのまま、歩みを進めると、今度は草むらが不気味に揺れていることに気づいた。月明かりが差したところで目を凝らすと、狼の集団が草むらの中から私を睨んでいることに気が付いた。
いや、正確に言えば取り囲まれている。
『ターンエンド!』
そっと目を開けると、狼の群れは姿を消していた。端末で時刻を確認すると、4月4日の0時になっている。
気を取り直して森の中を進んだ。
およそ30分ほど歩いただろうか。今度は何やら硬いものを踏んだ気がした。
そっと下を見ると、そこには白骨死体が何体も散らばっていた。
私はギリギリのところで悲鳴をこらえた。こんなところで大声を出せば、いろいろな魔獣を呼び寄せてしまう。
おまけに、嫌な音がする。それも足元から。
そっと視線を落とすと、動くはずのない白骨死体の手足が動き、その頭蓋骨がゆっくりとこちらを向いた。
私はターンエンドと叫びたかったけれど、声が出ない。頭の中が恐怖で押しつぶされてしまいそうだ。
その直後に、骸骨の手が私の足を掴んだ。他の骸骨たちも地面を這い進みながら私に迫ってくる。
私は全身の力を振り絞って、どうにか叫んだ。
『た、ターンエンドっ!』
そっと辺りを見回すと、周囲は静寂に包まれていた。
さっき這い寄ってきた骸骨たちも、何事もなかったかのように地面に伏せている。私はホッとして、一歩後退した。
すると、その骸骨の手が私の足を掴んだ。
それ以外の骸骨も私に頭蓋骨を向け、一斉に這い寄ってくる。
その足を掴んでいる頭蓋骨の、漆黒の瞳が声なく語った。
――我々は時間などいくらでも持っている。どこまでも待つぞ。お前の断末魔を聞くためならな!
私は必死になって足を動かした。有翼人の力は普段の私よりも弱かったようだ。骸骨の手をなかなか振りほどけない。
それでも何とか振りほどいたとき、別の手が私の反対側の足やローブの裾を掴んだ。その手がどんどん伸び、私の腕や翼、肩にまで伸びてくる。
『誰か…誰か助けて!』
振り絞った声も夜の闇に溶けていく。私はバランスを崩し、骸骨の手が私の口をふさいだ。
わらわらと迫る骸骨が怖く、私は目をつぶった。
その冷たい手が、私の首を掴もうとした時、何か強い力が骸骨を掴んだ。
骸骨は放すまいと言わんばかりに私の体に縋り付いたが、ボキっという音と共に頭蓋骨を引きちぎられ、その頭蓋骨も樹木に叩きつけられてバラバラに砕けた。
ほかの骸骨も、私から手を放つと次々と、その白いものに襲い掛かったが、ことごとく壊されていく。
戦いが終わった時に月明かりが差し、その白いものがグリフォンであることに気が付いた。前に見た子育てをしていたグリフォンより1周り以上大きい雄のグリフォンだ。
彼は、バラバラになった骸骨に向かって言った。
「ゴミガ、ゴミ、フヤスナ」
ここはお礼を言うべきなのだろうか、口を開こうとした時、グリフォンはゆっくりと私を見下ろすと歩み寄ってきた。
彼は私の肩にくちばしを近づけると、ゆっくりと目を細める。
私は身構えた。魔獣から見て人間は恐らく敵。このまま襲われたとしても不思議ではない。
グリフォンは私の翼をじっと眺めた。
「ツバサ…」
そのグリフォンは表情を変えた。私の処遇に困っているのだろうか。月明かりが雲に隠れ始めるとグリフォンは優しい口調で言った。
「オマエ…オサナゴ?」
私はひな鳥と勘違いされたのだろうか。その雄々しいグリフォンは鼻にかかった声で指図した。
「マアイイ…コイ」
まあ、人間だとバレると、どうなってしまうかはわからないけれど、しばらくの間は別の動物には襲われずに済みそうだ。
やがてグリフォンは柔らかな草の生い茂る場所へと案内してくれた。そして、腰を下ろし、その腹部にしゃがんだ私を守るように尻尾や羽根で私を守った。
おかげで、今夜はぐっすりと眠れるだろう。日が明けたとき、彼が私を見てどう思うかはわからないけれど…
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