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「今日はメニューの中身は作らん。こっちで勝手に用意させてもらっている。ただなんだから文句は言うな」
「ここで残業してるみたい……」
井上陽子にみんなが頷く。その時、カラリと入り口が開いた。
「なに? お通夜?」
三途…… ありさだ。
「お前、Open早々縁起でもないことを言うな。お前だけ金払っていけ」
「……こうのさん……じぇい?」
さすがのありさもそこで突っ立ってしまった。
「ありさ、こっちに来いよ」
素直に池沢の隣に座る。目が点になっている。また入り口が開いた。
「こうの…… なにやってんだ? エプロンなんかつけちゃって……」
営業部長の坂崎だ。そう言われて気づいた。ジェイとお揃い、色違いのエプロン。途端に一部のメンバーが(夫婦で店やるんだ……)と心で呟いた。
突然、花が立った。あまりにも唐突でガタン! と椅子が大きな音を立てたからジェイが身を竦めた。
(わ、どうしよう!)
ツカツカと歩いて来てジェイの目の前に立つ。
「殴っていいか?」
「いやだ!」
「殴りたい」
「絶対にイヤだ! 蓮ちゃん、何とか言ってよ! 花さん担当、蓮ちゃんでしょ!?」
「俺もイヤだ」
「ふぅん、自覚ありなんだ。いい度胸してるな、俺の連絡丸無視して。お前との仲」
(え?)
てっきり『これまでだ』と続くのだと思って怯えた。
――ばふっ!
「ばか……言えよ、なんで黙ってたのさ」
抱きつかれてジェイはおたおたしている。自分の肩に花の顎が載っている。その背中に手を回した。ぎゅっと抱きしめる。
「ごめん…… 花さんを驚かせたかったの。驚いてほしかったんだ」
「充分驚いてるよ…… 祝い、なにも用意してないじゃないか……」
(花さん、泣いてる……)
拍手が起きた。砂原……小野寺美智だ。それに釣られるように拍手が大きくなっていく。
「おめでとう! 部長! おめでとう!」
「なんだと? 俺は退職したはずだ、石尾」
拍手が止まる。
(やば…… 怒ってる? って、なんで今日こんなに機嫌悪いの?)
哲平の手も宙に浮いたまま。みんな、蓮のお怒りモードが染みついている。誰もがじっとした。
「俺はこの店のマスターだ。『蓮ちゃん』と呼べ」
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