ブチ切れ

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ブチ切れ

   その夜は動きのいい蓮とジェイでしっかり切り盛りした。ジェイの姿を目で追う花は飲むより何より嬉しくて。 (そうか、これからも離れるわけじゃないんだな……) ここで話せる。笑い合える。来たい時に来ていい。 (なごみ亭…… いろんなことがあってもここに来た時は家と変わんない。今度真理恵と来よう)  その内みんな酔いが回って調子に乗り始めた。 「ジェイー、ビールー」 「はい!」 「ジェイ、こっち生大ジョッキ!」 「はい!」 「俺はウーロンハイ!」 「はい!」 「おーい、日本酒」 「はい!」  花は構え始めた。 「みんないい加減にしろよっ! ジェイは一人なんだぞ!」 「花ぁ、店長はまだまだ頑張れそうだぞぉ」 「はい! 大丈夫だよ、花さん」 「でもお前疲れただろ、俺、手伝うよ!」 「なに言ってんの、お客さんなんだからのんびり楽しんでよ」  蓮はキリキリと鉢巻きで汗を抑えて焼き物だ、煮物だ、サラダだとこしらえていく。用意していたよりはるかに超えて注文に応じているのだ。 (始まったらこんなもんじゃないよな。まだまだ) そう思う。それに楽しい。開発じゃ一つがものになるのにずい分手間がかかる。直前で無駄になるものだって多い。だが作って目の前で出来上がり、目の前でその結果をすぐお客さんにもらえる。 (ヤバイ、嵌った) 忙しいのなんて目じゃない、むしろもっともっと多くの要求に応えたい。期待を超えたい。  ジェイにしてもそうだ。もちろんR&Dでだって誠心誠意仕事をやってきた。だが、ここではチームは蓮と2人。互いのこれまで培った阿吽の呼吸が今の時間を作り上げている。引っ張りだこの忙しさの中で目が合えば蓮の目がふっと笑いかけてくる。その途端、報われる。動きがよくて後ろ、左、右と呼ばれ、ターンして対応するジェイに目を丸くしてくれる。 (やり甲斐ある! 蓮を見ればすぐに評価がもらえる!)  これだけの人数がいて大騒ぎなのに、瞬間瞬間に静けさを感じることがあるのだ、蓮と目が合えば。そこには二人の空間がある。  哲平と花と三途はそれを感じていた。 (あ、また目を交わしている)  酔っぱらいの中だからバレもしない。その内擦り込みでそんな2人の表情がみんなにも定着していくだろう。結婚までしているなんてきっと誰も思わない。  離れて座っている3人の目がちょうど互いを見た。3人で微笑む。 (いい空間だ……) 花も哲平も三途もそんな自由な時間を楽しんだ。 「美味かったよ! いや、河野くん、たいしたものだ」  取締役の一人、板垣さん。お会計は無いが、このお偉いさん御一行は祝い金を渡してくれた。開店祝いだ。だが…… 「河野じゃなくて『蓮ちゃん』です」 「ああ、そうだったな、河野くん。また来るよ」 「すみません、言い直してください」 「なに、ムキになっているんだ?」 「もうFGS(フューチャー・ジェネレーション・システムズ)の河野蓮司じゃありません。なごみ亭のマスターです。上司でも部下でもない」  少し板垣がムッとし始める。 「そんなことは分かっている。君はこれから我が社と提携を結んでいくだろう? もっと得意先を大切にすることを学びなさい。何年ウチで働いて来たんだ、そんな基本が分からないなんて」  そのやり取りにだんだん周りが静かになっていく。大滝が出て来た。 「板垣さん、蓮ちゃんの言う通りですよ。最初のイメージって大事ですからね。私たちは今日は招かれたんですから」 「それだけのものを払っているだろう、前渡しで」   
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