ブチ切れ

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   これがいけなかった。大滝は あ! という顔をした。みんなも あ! という顔をする。蓮がキッチンから出てきたからだ。静かに手を拭きながらジェイに顔を向けた。すぐに引っ込んだジェイが何かを持って出てくる。渡された祝い金の包みだ。ジェイからそれを受け取った蓮は突きつけるのではなく、丁寧に板垣に差し出した。 「本日はお越しいただきましてありがとうございました。どうぞお引き取りを」 「……ここは客を選ぶのか?」 「はい」 「なんだと?」 「ですから表にも『反社会的勢力団体』お断りと書いています」 「私がそうとでも言うのか!」 「『反なごみ亭勢力』とでも今度書き足しときましょうかね」  もはや蓮は喧嘩腰だ。  大滝は実はこの点を重ねて役員たちに言っていた。 「彼がプライドが高いのはご存知ですね? それは実績に裏打ちされ、築き上げたプライドです。あの店は彼の城だ。一歩入れば私たちは従う。人の経営の仕方に口を出してはいけない。私たちだって他社からあれこれ経営に口を出されれば面白くないでしょう? もう彼は部下じゃない、そこを間違えずに付き合っていきましょう」  だから大滝にしても自分の言ったことを理解していない板垣が面白くない。  開店前の打ち合わせでも、蓮は大滝とじっくり話を詰めていた。 「退職したんですからFGSとはきっちり線引きしたいです。本当はあの場所に店を持つつもりは無かった。どこでも良かったし小さいので良かったんです。ジェイと細々やったって。でもFGSが提携した接待用の小料理屋みたいなものが欲しい、と話を持って来た。俺にしても、それならみんなの食生活の面倒を見ることが出来る。互いにメリットがあるから正式なオファーとして契約したんです」 「分かってるよ、河野。君がしっかりしているのを知っているから、ここでの商談メニューは君が認めれば交際費で落とすことになったんだ。これはチーム営業だな、なごみ亭とFGSの」  共同経営じゃない、ここは蓮とジェイが経営している。客商売だが卑屈になる気は無かった。 「河野っ! いい加減に」 「いい加減にしてください」  みんなが驚く。声を出したのはジェイだ。 「ここはそういう横やりは受け付けません。俺たちは一つの事業を興したんです。一歩店に入ったらお客さんはみんな対等だよ。『肩書き無礼講』、これは俺とマスターの一致した考えです。俺たちは誇りを持って仕事する。媚びるつもり無いんです」  蓮は背を向けてキッチンに入った。店長が対応している。なら自分の出る幕じゃない。 「シェパ」 「河野です。河野ジェローム。それに俺はここでは店長か、ジェイです」 「君も強情か、あっちと変わらず」 「あっち? 今、そう言った?」   
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