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変わる、変わらない
花はちょっと考え込んでいた。さっきの騒ぎで逆に盛り上がっているみんな。一生懸命働いているジェイ。だが。
「花さん…… どうしちゃったの? 料理美味しくない?」
「あ? ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
ジェイがビールを注ごうとするとグラスの上に手を載せる。
「花さん?」
「……悪い、帰る」
「え?」
花がすっと立ってしまったからジェイは預かっているスーツの上着を取りに行った。じわっと涙が零れそうになる。
(気に入らなかった? 何が? ……黙ってたの、やっぱり怒ってる?)
それを抑えて顔を笑顔に変える。
「花さん、今日は来てくれてありがとう! これからも食べに来てください!」
「おう…… また来る」
賑やかな中のそんなやり取り。見ていたのは哲平だけ。蓮が言った言葉を覚えている。
『どんな時でもその場にいる時は自分の部下を見るようにしてる。可能な限りな。特に飲みに行けばみんな気が緩む。上に立っている者としての責任があるんだ』
昔バカをやったからそう思うのだと言っていた。だから騒ぎながらも周りに目を配っていたと。
今の哲平には花の様子がおかしかったこと、ジェイの顔が歪んだこと。両方が見えていた。花を見送るのにちょっと出たジェイはすぐに中に戻って来た。そしてまた頼まれた飲み物を運び始めたが……
「店長!」
「はい!」
蓮に呼ばれてジェイは「なに?」とカウンター越しに聞いた。
「行って来い」
「……」
「早く行け、駅まで近いんだから」
「……うん!」
ジェイはエプロンを脱ぎ捨てて走り出た。その後を哲平が出て行く。蓮はふっと笑った。
「なんだよぉ、ジェイ、休憩なのぉ?」
「そうだよ、後は俺が引き受けたんだ。浜田、何をご所望だ?」
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