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後ろ姿に元気が無いように見えた。
「花さん! 花さーん!」
足が止まって振り返ってくれたからそのまま走った。息荒く、花のそばで膝に両手をつく。
「待っ、て、このまま、帰ん、ないで」
「ジェイ……」
「俺、悪いこと、した? 店のこと、言わなかったの、怒ってる?」
「……違う。そうじゃないよ、ジェイ」
「なら、なんで?」
「……店、いいのか?」
ジェイは頷いた。
「後は、蓮がやってくれるから」
「そうか。少し歩くか?」
「うん」
花は無言だ。ただ下を見ながらゆっくり歩いている。2分ほど歩いて花が立ち止まった。ちょっと後ろで立ち止まったジェイを振り返る。
「ジェイ。俺、今日のジェイが好きじゃない」
「……今日の、俺?」
「でもそれは俺の我がままなんだと思う。人はいつだって変わる時があるし、変わっていいんだ。なのに俺は……今日のジェイが受け入れられずにいるんだ。ごめん、こんなこと言って」
ジェイも無言になる。花との間に大きな空間が出来そうで怖かった。だから何も言えない、出来ない。
「当たり前なんだよ、お前が怒ったのは。俺だって怒ったんだから、板垣さんに。けど…… その後思い返してあんまりお前が変わって見えたから…… ごめんな、あのままお前を見ているのが辛くなった」
ジェイには花が言おうとしていることがなんとなく分かった。
「花さん…… 聞いてほしい。俺ね、蓮と約束したんだ。今日は頑張るって。蓮もそう言った、今日は頑張れって。こういう商売は毎日いろんなことが起きる。今まで『オフィス』っていう塀の中で守られて来てるから覚悟しなきゃならないって。だから……今日は店長として頑張れって。次からは俺がやるから初日だけ……」
「ジェイ、俺」
「ううん、最後まで聞いて。心構えっていうのを横浜の蕎麦屋のおじさんに聞きに行ったんだ。そこ、頑固なおじさんが店やってて気に入らない客を追い返す店で。それでも外に並んでお客さんは店に入れるのをじっと待ってる。そのおじさんが『プライドを捨てるな、守れ』って。でもそのプライドってどこに持つかは自分で考えろって。その帰りに蓮に言われたんだよ」
『ジェイ、俺がそこは頑張るよ。何も客とケンカしようって言うんじゃない。だが俺は理想の店を作るために一歩も引くつもりは無いんだ。俺が元々決めていたことだ。ただ、1日だけ頑張れるか? Openの日だけは『店長』という立場で表に立つ。お前自身が「これは引けない」と思った時だけだ。それだけでいい』
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