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「想定されて堪るかってんだ、大将!」
カジだ。どうやら聞こえていたらしい。
「仕事辞めたらすっかりフリーダムだな、なんだ、あのディープキス! 長いのなんの! 周りに気づきもしねぇ!」
「カジ…… お前、最後まで見てたのか」
親父っさんの呆れた言葉。とたんに真っ赤になったカジはくるりと向きを変えて急いで出て行ってしまった。
「参ったな、見られてるとは思わなかったんですよ」
「蓮っ」
「ジェイは恥じらいが残ってるようだな」
「当たり前ですっ! 親父っさん、スケベなのは蓮だけだからねっ」
「そこで『スケベ』と言うか……」
結局親父っさんも溜息。
池沢は仕事中。ありさは自分の家で家事をやっている。だからここに来る狙い目は昼間だ。
源の美味い料理が並ぶ。ここにいるみんなが食卓に揃って「いただきます!」と手を合わせた。女将さんも今日は何も無いらしくてのんびりゆったりした昼食だ。
昼食後。イチとテルと洋一が蓮の前に正座で座った。
「あの、大将。大事な話です」
「なんですか、イチさん」
「イチャつくの、ほんっとに止めた方がいいです、あれ、良かないです」
「…………」
「そうですよ、俺、困っちゃいますよ、物取りに奥行くのにびくついちゃって」
洋一も困った顔になっている。
「…………」
「蓮、みんなに迷惑かかってるよ。俺だって昨日みたいなの……困る」
「ジェイさんっ!」
「あ、ごめんなさい! でもあそこでテルさんが蓮を呼んでくれたから俺、持ちこたえることが出来て。ありがとう!」
「どういう礼だよ……」
蓮は終始無言で機嫌が悪い。
「あの、大将?」
「分かりました、イチさん。迷惑かけました、テルさん。不愉快で済みません、洋一さん」
「た、大将、なに怒ってんですか」
「堪え性が無くって自分に腹立ててます。何せオフィスでは我慢しっ放しだった、多分その反動なんです。分かってるんですが、でも……こいつが目の前をチラチラチラチラ動き回ると我慢が…… 頼みがあります!」
「なんでしょう、大将」
「俺がもし万一血迷ったら殴り倒してください、水ぶっかけてもいい、お願いします!」
「負けた…… 大将の愛って重いんだなぁ……」
イチ。
「でもそれをひょいって躱すジェイさんって、すげぇよ」
洋一。
「……ああいうの、ホントはバカって言うんだよ。それをそう思わせないとこが大将のすごいとこだ」
テル。
さっきの蓮とジェイを思い返し、それぞれが溜め息をつく。
『蓮っ! いい加減にしてよ! みんな困ってるよ。この頃俺が疲れてさっさと寝るからいけないんでしょ? 今日は遅くまで頑張って起きてるから』
真っ赤になった蓮。だが嬉しそうで。みんなで唖然と見ていた。親父っさんも女将さんも、思わずジェイに抱きついた蓮が呟くのをぼんやりとアホみたいに聞いた。
『ジェイ、愛してる……』
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