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「先輩は、今から何か用事がありますか?」
その後輩は男で、後ろを見ると彼と同期の男女が数人いた。
「いや、予定は無い」
「それなら一緒に焼肉でも行きませんか?」
よく誘ってくれる社員の一人。
後輩の中でも頼られる人間で、上司からの信頼が厚い。
「ありがとう。また今度よろしくな」
翔生はあえて理由を口に出さず断った。
「わかりました」
別に後輩と同期の集まりの中に一人いるのが嫌という訳では無い。
焼肉も久々に行きたいなと思った。
でも一番惹かれていたのは、あの喫茶店だった。
バイトで従業員を勤めている彼がいる、あの小さな店。
表立って目立つ外観でもないのに、店内の落ち着いた雰囲気とコーヒーやスウィーツには定評があり、夕方以降からは夜の顔になる事も客足が耐えない理由の一つだ。
時刻は17時を少し過ぎたところ。
まだ彼は居ないだろうけれど。
「お先に失礼します」
そう言って、翔生は退社した。
ガラス扉を押して入店すれば、正面奥のカウンターの向こうに彼が佇んでいた。
「いらっしゃい、翔生」
小さなドアベルの音の後に、そんな温かい声がして。
「今日は早いんだな。……いつもの頼むよ」
「それは翔生もだろ?少し待ってて」
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