門番

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門番

ケルベロスって知ってるかい? ……うん、やっぱりね。男子はだいたい知ってるよね。ゲームとか漫画では、よく出てくるからね。 今回の話はそのケルベロスが主人公の物語でね。――とりあえず話を始める前に、知らない人のために説明しておこうか。 ケルベロスっていうのは、ギリシャ神話に出てくる空想上の生き物なんだよ。手っ取り早く言うと、頭が三つある大きい犬って感じでね、(めい)()の番犬って言われてるんだ。 冥府っていうのはあの世のことだね。それで、彼……あ、もうここからはそのケルベロスを彼って言うね。 彼は、あの世とこの世を(つな)ぐ扉の門番をしてるんだよ。 その日も彼は、命じられるままに役目を(げん)(かく)(つと)めていたんだけど、そこに一人の男が迷い込んできたんだ。 男は、歳は二十歳(はたち)前後といった感じの若者で、好奇心が強そうな(おも)()ちだった。とはいっても、さすがに彼の姿には腰を抜かした。なにせ、自分よりも大きい()(くび)の獣がいきなり現れたんだからね。びっくりしないほうが無理ってやつだよ。 だけどまあ彼の方は慣れたもんで、男に向かって(しゅく)(しゅく)と対応した。 ここはお前が来るべき場所では無い、()れ。ってね。 何故かって? それはその男が(せい)(じゃ)。つまり、まだ死んでない人間だったからだよ。 迷い込んだ生者を追い返すのは、彼の役目の一つなんだ。実際、生者が迷い込むことはよくあってね。生者が暮らす(げん)()と彼がいる狭間(はざま)の空間が、何らかの超自然的な事象で繋がってしまうのが原因だったんだ。 ただ、ここで一つ問題が起きた。男が帰ることを(しぶ)ったんだ。 今までなら、彼のその恐怖を抱かせるほどの(ふう)(ぼう)も手伝って、注告を受けた者は(いち)(もく)(さん)に退散したんだけどね。今回の男は逃げるどころか、あの世に行かせてくれ、なんて言い出したんだ。 これにはさすがに彼も驚いて、男に理由を聞いた。 すると男は、生きてても何の意味も無いって言ったんだ。 その後も詳しい内容を語っていったんだけど、その内容はまあ一貫してて、現世には楽しみを見出だせないってことだったんだ……。 ずっと孤独で、ただただ作業するように生きるだけの毎日に嫌気を感じて、それならいっそ死んでしまった方が良いと考えたものの、自分で死ぬのも恐い。そんなところに今の状況が訪れた。これはまさしく神のお告げだ、とそう思ったらしい……。 けれども彼にとっては、そんな男の()(うえ)(ばなし)なんてのは()(つぎ)(さん)(つぎ)でね。どんな理由があろうと、生者が入るのは許さないと言った。どうしても通りたいなら、死んでから来いともね。 これで男が諦めてくれていたら、彼も苦労はしなかったんだけどね。 男はその日は帰ったものの、翌日も、その翌日も、更にまた翌日も、何度も何度も来ては扉を開けようと(こころ)みたんだ。なんとか彼の注意を()らそうとあの手この手で挑むんだけど、彼はなんといっても三つ首だからね。男の思いつきの策なんかには何一つ引っかからなかった。 そんな日々が続いて、気付けば十日以上が経過していた。 彼はなにも男が嫌いで追い返している訳じゃないからね、ほんの少しではあるけど男に情を抱き始めていた。だからその日、()りずに来た男に対して改めて注告をしたんだ。 詳しい理由を述べることは許されていないが、ここを通さないのはお前のためだ、って。それに、いつまでもこの空間に(とど)まれば、お前は生者でも死者でもない不安定な存在になってしまう。そうなれば、永遠にここを彷徨(さまよ)うことになるぞ、ってね。 その言葉に男はかなりのショックを受けて、落ち込んだ様子で帰っていった。 けど、しばらくすると戻ってきてね。いったいどうしたんだと彼が聞くと、男は態度を一変させて今までの()(れい)()びたんだ。そうして、明日現世に戻るとも言った。 だけど、こうして出会ったのも何かの縁だから、帰る前に何でもいいから話をしてくれないか、と彼にお願いをしたんだ。 さっきも言ったけど、彼は彼で男に情が湧いていたからね。話くらい付き合ってやるかと考えて、その日は一日かけて男と語り尽くした。話の内容は取るに足らないものだったんだけど、彼はその時間に楽しさを感じていた。 実は彼もまた、男と同じように繰り返しの毎日に絶望していたんだ。しかも彼には寿命がなかった。死は存在するけれども、また同じ個体として誕生するという生物だったんだ。 そんな彼には、ゆっくり誰かと話す時間なんてのはなくてね。自分とよく似た男との語り合いは、彼にとってかけがえのないものになった。だからこそ余計に、男をしかるべく現世に戻さなければ、という使命感にも()られた。 その日の別れ際、男は彼に、好物を持って来てやる、って言った。 彼は話の中で、非番に必ず食べる果実があると語っていたんだ。その果実は、ここから歩いて一時間ほどの場所に()(せい)しているともね。 男の提案に、別にいい、と彼は返した。男のその気持ちを嬉しく思っていて、それだけで満足していたんだ。だから、取って来ずにそのまま帰ってくれても構わないと思っていたんだけど、男は約束通り果実を取って戻ってきた。しかも、バレーボールくらいの大きさはあるその果実を六つもね。長い道のりを、両腕いっぱいに果実を抱えたまま歩いてきたんだ。 男は彼に言った。三の倍数がいいだろ、ってね。 彼は心底喜んでね、心の(じゅう)(そく)を感じながら夢中で果実を(ほお)()った。 でも……それが間違いだった。 男は諦めていなかったんだ。 彼は男に気を許し過ぎた。彼が男の優しさと果実に気を取られたほんの数秒。その隙を突いて、男は扉を開けてしまった。 それはもう、本当に僅かな隙間が開いた瞬間だった。 暴れ狂うように無数の牙と爪が飛び出してきて、男は見るも()(ざん)にグチャグチャな(にく)(へん)へと変わってしまった。 彼は即座に気付き、(またた)()に扉を閉めたんだけど、もう男の姿は血の一滴すら残っていなかった。 彼の一番大切な役目はね、向こう側の(もう)(じゃ)達を外に出さないことだったんだ。生者の肉を好む亡者が出てしまうと、この世のバランスが崩れてしまうからね。だからこそ、扉には亡者が開けれないように強力な呪いが掛けられていたんだ。だけどその反動のせいか、亡者以外ならいとも簡単に開けてしまえた。そのために、彼はずっと扉を守っていた。生者を追い返すのは、亡者にその魂まで喰らい尽くされてしまうのを防いでいたんだね。 でも何故か、その理由を話すことは許可されていなかった。亡者を退(しりぞ)けるほどの力を持つ彼でさえ、大きな流れの(まっ)(たん)でしかなかったという訳さ。 彼はこの件に(いきどお)りを感じて、門番の任を降りた。そうして、何処ともなく旅に出てしまった。 どうだった? 楽しかったかい? この前よりはエンターテインメント感があったんじゃないかな? ん……? え? 結局血みどろじゃないかって? あー……、そっかそっか……。血が出ない話がよかったんだね……。 ごめんよ。――じゃあ、次こそはそういう話を考えておくよ。
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