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呪い
呪い……って、何だと思う?
――うん……うん、そうだね。怨念、悪意、憎悪、色んな言葉を連想するよね。
でもちょっと考えてごらん? 今、ぱっと出てきた三つの言葉。そのどれも、人間が心の中に抱えるものじゃないかな?
まあ、何が言いたいかっていうと……呪いという概念は、人間社会が生み出した特有のものなんじゃないかなってことさ。
ここで人間と限定せずに、人間社会って言ったのにはちゃんと理由があるんだよ。
人間以外の動物の間じゃあ、そもそも呪いなんてややこしそうなものは無さそうだよね? でもそれが、人間と関わることによって動物達の中にも芽生えてしまうような……ね。なんとなくではあるんだけど、僕はそう思ってるんだ。
だからといって今回の話が動物の話、ってわけではないんだけど……。
はは……ごめんごめん。ちょっとぐらいの横道は許してよ。これでも、呪いとは何か、ってことに対する持論を言うのは控えてるんだから。
その話をするとどうにも長くなりがちだからね……。また、別の機会にじっくり話すよ。
――じゃあそろそろ本題に入ろうか。
今回のテーマはもちろん、呪い。
とある女性が主人公の物語だよ。この話の中で、呪いは『避けられない凶事』として出てくるから……。まあどういうものかは、聞いてみてのお楽しみだね。
冒頭からいきなりではあるんだけど、その女性は絶望してたんだ。それも生半可なものじゃない。心の底からの恐怖に呑み込まれて、自分自身を消し去ってしまいたいと思うほどの……そんな深く暗い絶望に襲われてた。
いったい何故か……。
それを知るには、そこまでの彼女の人生を振り返らないといけない。
彼女はある一点を除いて、至って普通の人生を歩んでた。みんなと同じように、笑って、泣いて、怒って……。辛いこともあれば、それを吹き飛ばすくらいの幸せなこともある……そんな良い人生をね。
ただ、彼女には母親がいなかった。父親からは、まだ彼女が幼い頃に病気で死んでしまったんだと聞かされてた。
けど彼女にしてみれば物心がつく前の出来事だからね。他の子を羨ましく思う気持ちはあっても、寂しさを感じることはなかったんだ。父親が自分のことをすごく大切に育ててくれてるのを分かっていたし、自分もそんな父親のことを大好きだったから。
でも……いくら自分がそれでいいと思っていても、周りの人間はその気持ちに追随してくれるわけじゃない……。
それは、彼女の母親の十三回忌の日だった。
場所は父親の実家でね。というのも、父親はお寺の生まれだったんだ。次男ということもあって家業は継がなかったんだけどね。
法要自体は無事終了して、集まった親戚同士による談話の時間になってたんだけど……。
当時の彼女は中学一年生で……まあ多感な時期だからね、あまり場の空気には馴染めずにぼうっと過ごしてたんだよ。父親も片付けや挨拶に忙しそうにしてたからね。
そうしたら、目を瞑ってた彼女を寝てると思ったんだろうね、ある年配の女性が彼女の母親のことを話してるのが耳に入ったんだ。
はっきりとは聴き取れなかったものの、それは部分的に聞こえた内容だけでも驚愕に値するものだった。
そりゃあもう酷かったらしいよ……とか、取り憑かれてたって話も出てたくらいさ……とかね。その合間合間に、彼女や父親に対しての『可哀想に』って言葉も挿まれてた。
彼女は驚いた。父親からは一言たりともそんな事実を聞いていなかったしね。
だからその日の夜。彼女はどうしても我慢することができずに、父親に母親が亡くなった当時の状況を尋ねたんだ。
すると父親は最初こそ驚いていたものの、彼女に真摯に向き合って話してくれた。おそらく彼女の真剣な雰囲気に、話さなければ、と思ったんだね。
話の内容はこうだった。
詳しい死因は……不明。解剖は母親の両親が望まなかったため行わなかった。
でもその昔、父親と出会った当時の母親は原因不明の発作に襲われてたそうでね。母親の家族を含めた近しい人達はそのことを知ってたから、病死ということで落ち着いたそうなんだよ。
でも父親はその答えに、素直に納得はできていなかった。
それというのも、母親の発作は結婚してから数年後に嘘のように消えたみたいなんだ。そうして彼女を出産して、幸せな生活を送ってた。でも……彼女がもうすぐ一歳になる頃に、母親は帰らぬ人となってしまった。父親が仕事から帰宅したときには、既に事切れていたらしいんだ。
ただ……そのときの状況が普通とは違っていたみたいでね。母親は、当時の幼い彼女に必死に手を伸ばすようにして絶命していたそうなんだ。しかも床には、這うように掻きむしったと思われる傷が無数に付いていたらしい。
それがどうにも腑に落ちない……と、そういうことだったんだ。
そんな父親の話に、彼女の心はひどくざわついた。
何故だと思う?
実は彼女には、父親にも言ってない秘密があったんだ。
最初に僕が言ったことを覚えてるかな? 彼女は『ある一点』を除いて普通だって話……。
彼女はね……他の人の目には映らないものを見ることができたんだ。まあ本当に言葉の通り見えるだけではあったんだけど……。
それは……悪意、或いはそれに近い何か。――そう彼女は確信してた。
そう思うに値する根拠もあってね。それの形状は、こう……なんというか黒い靄のようなものなんだけど……人の体にまとわりつくような状態で視界に映ったんだよ。誰でもってわけじゃなく、不特定多数から負の念を送られているような人間……。身近なところで言うと、いじめの加害者や被害者。あとは、嫌われてる教師……とかね。
彼女はそのことを幼い頃から認識してたし、自分以外には見えていないということも理解してたんだ。ただ、常識から外れたものを説明する術を持たなかった彼女は、これはそういうものなんだと割り切って生きてきた。
なのに、今になって母親の普通ではない死を知ってしまった。
もしかして自分が関係しているのでは、と……。そう思わざるをえなかっただろうね。
だけどね……、秘密があるのは彼女だけじゃなかったんだ。
それは数年後……彼女が社会人二年目のことだった。
彼女の父親は急死した。
事故じゃなく、病気でもない。文字通りの急死だったんだ。救急隊員による懸命な蘇生もむなしく、救急車両の中で息を引き取った。
わけもわからないままに、彼女は両親を失ってしまった。
ただ、父親は意識を失う直前に一枚のメモを彼女に渡してた。そこには県内で一番大きな神社の名前がなぐり書きされてたんだよ。
それで彼女は……おっと、もうこんな時間なんだね。
……よし、じゃあこの話はまだ半分くらいだから、続きは来週にしよう。
――え? 気になるって? まあたまにはこういうのもいいじゃないか。漫画や特撮ものでもそうでしょ? 最初は一話完結で進行するのに、三話目、四話目あたりから前後半に別れるでしょ。
ということで、来週を楽しみにしといてよ。
じゃあ、号令よろしく。
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