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(ねこ)(また)って聞いたことあるかい? そうそう、(いわ)(ゆる)化け猫だね。まあ、猫又と化け猫は別モノだ、って説もあるんだけど……(ひと)()ずここでは同じ扱いとして話していくね。 で、何でこんなこと聞いたかっていうと、今回の話はズバリその猫又が主人公なんだよ。 前もって色々と説明しておいてもいいんだけど……どうしようかなぁ……。 ――うん、じゃあ本題に入っていこうかな。その方が面白いと思うしね、たぶん。 その猫はね、ちょっと変わった猫だったんだ。 何処が? っていうと、人間の言葉を理解してたんだよ。もちろんそれが他の猫は持ち得ない、自分だけの特性だってことも自覚してたんだ。まあだからといって猫の世界で浮いた存在になるでもなく、あくまで猫らしく気ままな生活を送ってたんだけどね。 誰かに縛られるでもなく、好きなときに好きなところへ行って、好きに食べて好きに寝る。最高の生き方だね。 そんな彼女……あっ、その猫はメスだったんだ。だから彼女って言うね。 そんな自由な彼女にも、特別お気に入りの空間ってのがあったんだよ。 それは、ある人間の夫婦の家だったんだ。 何がどう、って言うよりは、おそらく居心地というか、そういうフィーリング的な部分だろうね。その夫婦の持つ雰囲気が、彼女にとってはとても気持ちの良いものだったんだ。 いつも笑いかけてくれて、優しく撫でてくれたり、可愛いと言ってくれたり。そんな温かい人達でね。彼女はその言葉を理解できるから、自分のことを愛してくれているんだと(こと)(さら)実感できたんだ。だからこそ彼女もまた、二人のことを心から愛してたんだよ。 そんなだから、何処かへぶらぶらと出掛けても夜にはその夫婦の家に戻って、自分用に用意されている寝床で眠りについてたんだ。 それが彼女の幸せな毎日だった。 それは変わらないもので、ずっと続くもの。そう彼女は思ってた。 でも……。 そういう当たり前と信じて疑わない幸せほど、唐突に終わりを迎えてしまうのかも知れないね。 それは、雪が降り積もった凍える寒さの夜でね。昨晩から積もり始めた雪が日中の陽光で中途半端に溶けて、路面を凍結させてたんだよ。 その路面で運悪く大型車がスリップを起こして、更に運が悪いことに一台の車がその大型車の転倒に巻き込まれたんだ。 その車は、夫婦の奥さんが運転する車だった。 帰宅途中だったんだろうね。事故が起こったのは家からそう離れていない場所だったんだ。 そして最悪なことに、彼女はその一部始終を目撃してしまっていた。 彼女も、夫婦の家に帰る途中だったんだ。 彼女は走った。それはもう無我夢中でね。 でも彼女が奥さんのもとに辿り着いたとき、もうその命はこの世から去ってしまう直前だったんだ。 そして彼女が駆けつけたことに気付くと、たった一言だけ。 「彼をお願い」 そう言って事切れてしまった。 その言葉がいったいどういう意味で放たれたのかは、本人にしか分からない。おそらくは夫のことを案じてのことだと思うんだけどね。 でもその言葉は、なまじ(じん)()(かい)する彼女の中では()(てつ)もなく大きなしこりとなってしまった。 もはや願いを通り越して、(じゅ)(ばく)と呼べるほど大きなしこりにね。 それから何日か経ってね。 夫の方は……妻が死んでしまった事実を受け入れられずに、ずっと塞ぎ込んだままだったんだ。 仕事は高校の教師をしていたんだけどね、それも休んだままだった。 職場の上司や同僚達は、彼がどれほど奥さんを愛してたかを知っていたから、あんまり強くは言えなくてね。とりあえずは(ひと)(つき)程様子を見よう、ってなったみたいなんだよ。 そんな中、彼女は奥さんの最後の言葉の通り、彼を立ち直らせようとしていてね。あの手この手で試行錯誤しながら、彼を元気づけようとしてた。 だけど結局のところ、全く効果は得られなかった。それどころか彼は日増しに弱っていってね、もうその眼には彼女のことなんか映っていないようだったんだよ。 彼女は自分の無力さを恨んだ。 死んでしまったあの人が自分に託した想い。たった一つのことなのに、それを叶える力が自分には無い。 どうしたらいい? どうすれば彼を救える? そうやって彼女はひたすらに考え続けた。(なか)ば、自分を責めるほどにね。 そうしたらね、いつしかある想いが彼女の中に生まれたんだよ。 あの人になれたらいいんだ、ってね。 有り得ない想いだと思うよ。人ですらない彼女が、どうやって亡くなってしまった奥さんの代わりになるのか……。 でもね、彼女は本気でそう願ったんだ。そうしてその心は、ある奇跡……。 ……うん。 この時点ではそれは、紛れもなく奇跡だったんだ。 彼女は人の姿に変化したんだよ。 信じらないことだった。彼女自身もその現実に戸惑うほどにね。 でも同時にこうも思ったんだ。 この姿なら彼を現実に引き戻せるかも知れない、ってね。 そうして彼女は、彼の前に人の姿で現れた。 するとね、思いもよらぬことが起きたんだ。 彼は、彼女のことを死んだ奥さんだと錯覚したんだ。 いや――錯覚なんて軽いものじゃないね。奥さん本人だと信じて疑わなかった。まるであの交通事故すら起きてはいなかったかのように、彼女のことを妻の名で呼んだんだ。 これには彼女の方が驚いてね。何故かっていうと、見た目で判断するならば、彼女の人間としての姿はどう甘く見積もっても、死んだ奥さんには似ていなかったんだよ。 でもまあ、そこはほら。 彼女が人間みたいに小難しく考えない性格だったっていうのと、そもそもの彼女の願いである「彼を元気づける」ってことは達成できたから、それで結果オーライとしたんだよ。 それからはね、彼女にとって幸せな日々が続いたんだ。 彼が笑顔を取り戻したこともそうだけど、奥さんの遺言を果たすことができたっていう(じゅう)(そく)感が幸福に(はく)(しゃ)をかけてたんだね。 そうして彼女は自分が猫であったことも忘れて彼との生活を(おう)()した。それはもう感覚が麻痺するくらいにね。 だって……、彼の学校の生徒でもある幼馴染の女の子。その子を受験合格祝いってことで彼が家に招いたときも、彼女はその子の前に姿を見せたんだ。彼の妻としてね。 女の子は驚いたと思うよ。全く知らない人間が彼の妻を名乗ってる訳だからね。しかも、彼は死んだ奥さんの名で彼女を呼んでるっていうオマケ付きだ。 でもまあ結局、それから何日か経っても何もなかったから、彼女は彼との幸せな日々に没頭し続けた。 でもね……。 ただ一つ。 微かな()(ねん)を彼女は感じていたんだ。 笑顔を取り戻した彼。その彼のにこやかな瞳の奥に、どことなく(うつ)ろな気配が見え隠れしていることにね。 それは月日が過ぎていくにつれて色濃くなっていくような、そんな気がしてた。だけど彼の表情から笑顔が絶えることはなかったから、いつしか彼女はその事実から目を背けたんだ。 だけど……彼女の選択は間違いだったんだ。 女の子の前に姿を現したことも。 幸せを目隠しにしたことも。 死んだ者になり代わったこともね。 結局のところ、幸せだけを感じる日々なんてものは妄想なんだよ。それが借り物なら尚更ね。 まあ、まだまだ若輩者の僕が言えたことではないんだけど……。持論を言わせてもらうなら……幸福感ていうのはつまり、積み上げた関係の中に自然と現れるものなんじゃないかな、ってことだね。 だから、彼女はね。 まがい物じゃなくて、彼女のままで彼に向き合わなければいけなかったんだ。自分一人ではどうにもできないのであれば、誰かを頼るべきだった。でも彼女は不可思議な力に目覚めてしまった。 そうして、彼が彼女に妻を見て、夢の世界を生きたように……。彼女も自らの力と彼との幸せに(おぼ)れてしまった。 結局どうなったんだって? そうだね、それをちゃんと話さなきゃね。 ……彼女が現実を見なくなって数日後、とある来客があったんだ。それも三人。 その内の一人はあの女の子だった。そしてあとの二人は、女の子が救いを求めた人達だったんだよ。 彼等は彼女に、常識外の相手を(なり)(わい)とする者、とだけ名乗って……彼女を(はら)うことを告げたんだ。 (もち)(ろん)、彼女は(げき)(こう)した。 何故急に現れた赤の他人にそんなことを言われなければならない、ってね。 そしてこうも言ったんだ。 自分は彼と幸せに生きているだけだ。彼の幸せは先立ったあの人の願いだ。それを壊す権利は誰にも無い。とね。 でも、そんな彼女に彼等はこう返した。 今一度その目を見開いてしっかりと見ろ、彼の何処が幸せなんだ、って……。 その言葉はね、彼女の中の何かを貫いたんだ。 そうして、彼女は彼を見た。 そこにはね……。 見るも無残なほどに痩せこけて、瞳孔が開ききった瞳で渇いた笑みを浮かべ続ける、そんな変わり果てた彼の姿があったんだ。 彼女は(がく)(ぜん)として崩れ落ちた。 彼の姿がショックだったこともそうだけど、瞬間的に悟ってしまったんだよ。彼を廃人寸前にまで追い込んでしまったのは、他でもない自分だってね。 彼女は己の力を自分でも奇跡だと思っていた。でもそうじゃなかったんだ。 彼女の力はね。他者の弱った心に都合の良い幻を見せて、徐々に生気を奪って(とり)(ころ)すというものだったんだ。彼女はそれを知らぬままに愛する者に向けてしまっていた。 そもそも、何故彼女がそんな力に目覚めたのかは謎なんだ。 まあ仮説を立てるとすれば、元々生まれながらにして彼女は特別だったんじゃないか、ってことなんだよね。だから人の言葉も理解できた。でもそれは、力としてはまだまだ中途半端な状態だったんだよ。だけど……彼女が大切に思う者達への強い想いに触発されて、完全な状態へと移行したんじゃないかな。 ただ……純粋な心から生まれた力が人を殺す力だったのは、皮肉でしかないけどね。 そうして、真実を悟ってしまった彼女は、その場から逃げ去ってしまったんだ。 彼は危険な域まで衰弱していたこともあって、すぐさま緊急入院となった。 その後、専門家を名乗る彼等が彼女の足取りを追ったところ、息を引き取っていた一匹のメス猫を発見した。ビルから転落したんだろうってことだったんだ。おそらくは……自殺だろうね。 自分が死ねば、彼を包み込む幻覚は消えると思ったんだろう。 彼女は最後の最後まで、あの夫婦を愛し続けたんだ。それは本心だったんだよ。 これで彼女の話は終わりだし、本来ならこれは怪談であるから、もっと情報を小出しにしておどろおどろしく語ってもよかったんだけど……。 前回に、ほら? スッキリした話を提供するって言ったでしょ? だからちゃんと後日談まで言うね。 ひどく衰弱はしていたものの、数日の入院で彼はかなりの回復を見せてね。意識もはっきりした頃に、女の子から事の(てん)(まつ)を聞いたんだ。 おおよそ信じ難い内容ではあるけど、彼は全てを信じて、涙ながらに受け止めた。 妻の想いと、その妻の想いに必死に応えようとした彼女の想いをね。 だからこそ、彼は生きることを誓ったんだ。自分が幸せになる努力をしないことは、彼女達の想いを踏みにじってしまうことだと思ったからね。 計らずも猫又になってしまった一匹の猫。彼女が間違った方向に進んでしまったことは事実なんだよ。あと数日もすれば、彼は確実に死んでしまっていただろうからね。 でも……それでも、彼女の想いは伝わったし、報われたんだと、僕はそう思うよ……。 ――さっ、どうだった? 約束通り、血みどろでもなく、スッキリ終わって、前向きなラストだよ。 これで文句はないでしょ? ん? えっ? これはこれでツライ? 君達……ホント、アレだねぇ。 ……アレだよ。 ――分かった。 次だね。 もう本当に次こそ、とっておきのエンターテイメントをお送りしよう。 期待して待ってなさい。 じゃぁはい、号令よろしく。 ―――余談――― お読みいただき、ありがとうございます。 この作品では、こうしてコメントを入れるのは初ですが、今回の話には入れておかないと、と思いましたので少し失礼いたします。 今回のお話は、僕の短編作品である【最愛の人】の解説的な内容です。 短編の方は、今回の話でいう『女の子』が主人公で、彼女の視点で物語が展開します。それなりにホラーっぽくなってるんじゃないかなぁ、とは思ってます。なので逆に、今回の話はホラー感を全然出さない感じでいこうと思って書きました。 【最愛の人】はかなり短い話なんですが、トップページにもコメントしている通り、言葉の取捨選択をかなり頑張った作品でもあります。今でも読み直す度に「うまく書けてる」と自画自賛してるくらいです。 もし興味を持ってくれたなら、サクっと読めちゃうと思うので、御一読いただけると僕のテンションが上がります。 (´∀`∩)↑ageage↑ yeaah!!
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