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『……ただいま……今日も残業だった。きっと明日も残業なんだ』
誰もいない空間に話しかける。精神的にも体力的にも疲れた。仕事が忙しいせいだ。何も考えられず、何もする気が起きずその場で横になる。そして徐々に目の前が見えなくなった。
ゆっくり目をあけると見たことがない部屋のベッドにいた。焦って飛び起き、窓の外を確認すると一面銀世界。
驚く間もなく部屋のドアが開く音がし、振り返ると女の子がドアの隙間から覗いている。
『あ、パパ起きてる!!ねぇねぇ、お外見てみて!雪がいっぱい積もってる!!遊びに行こうよ~!!』
眩しい笑顔でこちらを見てきた。この女の子をどこかで見たことがあるような気がするが全く思い出せない。
女の子は、早く~と言い手を握るとベッドから引っ張りおろしダイニングキッチンへと連れて行こうとする。
『わかった、わかった。今すぐ準備するからちょっと待っててくれる?』
パアッと笑顔になると、ママにも伝えるねと走って部屋を出て行った。
何がなんだかわからないが、あの子の笑顔を見ていると落ち着くような気がする。
急いで支度を整え、ダイニングキッチンへと急ぐ。この家はログハウスのようだ。木のぬくもりと香りが心地よい。
ダイニングキッチンには、女の子とその母親らしき女性が朝ごはんの支度をしている。
『おはよう、お父さん。昨日の夜から降っていた雪で一面真っ白よ。この子ね、今日はお父さんとお母さんと一緒に雪合戦をしたいって。だから、朝ごはんは温かいのにしたのよ』
テーブルには、3人分の食事が並んでいる。どれも体が温まりそうな食事だ。なんだろう懐かしい。
食事を終わらせ、早速外に向かう。玄関のドアを開けると、真っ白な世界が広がっていた。
『わぁ~い!!雪だ、雪だぁ~!!お父さん、お母さん、雪合戦するよ~!!』
女の子は、一目散に雪へと突っ込んで行った。
ひとしきり全身で雪を堪能した後、自分と母親の手を引っ張り、一緒に雪玉作りを始める。自然と笑顔が溢れた。こんなに楽しい気持ちになるのは、いつ以来だったか。
『よしっ!!これぐらい作ればいいよね。雪合戦を始めまぁす!!』
宣言すると、雪玉を投げてきた。こちらも負けじと、だけど優しく雪玉を投げる。
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楽しかった。こんなに楽しい疲れは、久しぶりだった。女の子も両親と遊べたことで満足した様子で、疲れて寝てしまったようだ。
『ふふっ。よっぽど楽しかったのね。気持ちよさそうに寝てる。私は、夕ごはんの準備をするから』
可愛い寝顔をずっと眺めた。そして、母親の顔を思い出す。家族の暖かさを感じた。きっとこの気持ちの事を家族の愛と言うのだろう。心のモヤモヤが消えていくような感覚を感じる。
『……んぅん……?パパぁ?』
『うん、パパだよ。ぐっすり寝てたね~。ママがご飯作ってるって。食べに行く?』
『うん、行くぅ』
抱っこして、ダイニングキッチンに向かう。夜も温かいシチューだ。とても美味しそう。
いただきますを言い、シチューに口をつける。
クリーミーな甘さが口いっぱいに広がった。
『ママ、シチュー美味しい!!』
『そう?ママ嬉しいよ』
母親は優しい笑みを浮かべている。
体が程よく暖まったら、眠くなってきてしまった。食事を終わらせた後、リビングのソファーに腰かける。ふぅっと息つくと、膝の上に女の子が乗ってきた。
『パパ~、雪合戦楽しかった!!また、しよーね!!今度はね、パパが逃げる番ね!』
楽しそうに話している。最後まで聞いていたいけど、眠気が限界まできている。
『えぇ~、パパ寝ないでぇ~。この絵本読んでよ~』
『パパはね、久しぶりに運動したから疲れちゃったんだって。ちょっと寝かせてあげよう?ママが絵本読んであげるから』
『うぅん、ごめんね。眠くて眠くて……』
むぅって顔をしたかと思ったら笑顔でバグして、母親の膝の上に移った。
ニコッとし、二人の楽しそうな様子を見ながら瞼を閉じる。
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また目を覚ますと、見慣れた景色があった。どうやらマンションの自分の部屋のリビングで寝ていたようだ。厚いカーテンを開け、窓の外を見た。都会にしては珍しく雪が積もり真っ白に染まっている。
雪の白さを見ていたら、夢の出来事をぼんやりと思い出す。あんなに楽しい夢を見たのは、単身赴任をして初めてだ。
棚にある家族写真を見る。あぁ、そうだ。自分には、応援してくれる家族がいるんだった。仕事が忙しくて、こんなに大切な存在を忘れてしまっていた。愛する妻と可愛い娘と生まれて間もないいとおしい息子。手紙も来ていたが、読む余裕がなかった。それほどまで、気持ちが追いやられていたのだ。
写真と手紙を片手に、スマホで妻の電話番号を探す。たまには、電話をかけよう。そして、近々会いに行こう。きっとあの夢は、大切な家族に会って心を休めなさいという天からの思し召しだったんだろう。
数日後、家族に会いに行ってきた。皆、笑顔で自分のことを出迎えてくれた。とても嬉しかった。嬉しすぎて、涙が溢れた。
子供達と公園で雪合戦をして、妻には仕事での悩み事や、今まで連絡をしていなかった事を謝り話した。妻から聞いた話だが、娘はサンタさんのお願い事に
『パパとママと、しゅうたと一緒に雪合戦がしたいのでパパを連れてきてください』
と願ったらしい。娘は、よっぽど自分に会いたかったのか。そんな事を知らずにいた自分が情けない。今度は、もっと帰るようにと決めた。
あの日、夢の中で目が覚めて見た真っ白な雪景色は、自分の心を家族と繋ぎ直してくれた、何時までも忘れられない大切な白になった。
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