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「このままやったら、バレンタインに間に合わへん……」
棒針を調理台の上に投げ出すと同時に、結衣がその上に突っ伏した。
「マフラー、あげたいのに……」
その小さなつぶやきは、悠生の胸の奥の弱い部分を、ギュッと掴んだ。呼吸の仕方を忘れてしまったかのような感覚に陥る。
──ああ、これ、ほんまキツいわ。
たったひとり、沼の奥に沈んでいるようだ。もがけばもがくほど、日の光を浴びてキラキラと輝く水面が遠くなる。
「……そない、そいつのこと、好きなんや」
唇からこぼれ落ちた声は、思ったよりもずっと低く、不機嫌さばかりがにじむ。
悠生は、「しまった」と口もとを押さえるが、そんな彼を、結衣の丸くて大きな瞳が捉える。
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