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その夜、店を終えて自宅に帰り着いた私は倒れこむようにしてベッドに入った。マットレスに体を預けた途端に体中の力が抜けて、眠気が襲った。足の先から頭の中までもう全部疲労困憊である。本日の緊張もさることながら連日告白のことで頭を悩ませていたのが原因だろう。だから今日はぐっすり寝ようと思っていた。
店を閉めた後、帰り際にリサの店に立ち寄った。「駄目だったわ、アハハ」と気丈に言ってみたものの、リサには全てお見通しのようで、黙って私を抱きしめてくれた。傷心に人肌のぬくもりが染みわたる。やがて涙が零れ落ちると、その腕の中で子供みたいに私は泣いた。
おかげで今は少し冷静に現実を受け止められるようになっていた。結果を見れば、私は占いの通りに裕介との縁を避けて、裕介は私の占いに導かれて好きな人に告白するとなっただけだ。万事私の占いの通り、そう考えればさほど悪い現実とも思えなかった。ならば後はこの悲しみを乗り越えるだけだ。
私は最後にもう一度だけ自身の恋愛運を占ってみることにした。少し未練がましいかもしれない、しかしこれで全て吹っ切れるような気もしたからだ。
水晶玉を操りながら『椿星羅』の名を念じ、裕介の顔を思い浮かべた。就職活動に行き詰まっていた裕介、無事に就職出来たのを嬉しそうに報告に来た裕介、店の外観についてイチャモンをつけた裕介、出張先でお土産を買ってきた裕介、勇気をだして告白すると決めた裕介。思い浮かべたらキリが無かった。
占いの結果は時と共に変化することもある。以前占ってから数か月は経っているから、多少良くなっているかもしれないし、凄く良くなっている可能性も無いことは無い。だから自然と一縷の望みを夢見てしまう。
しかし現実は非常だった。
やがて水晶の奥に現れたのは、それは酷い光だった。赤紫と青紫が混ざり合った毒々しい色合いで、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい。言うまでも無く最悪である。
これで良い、これで良いのよ、と自分の心に言い聞かせた。これで私もすっぱりと諦めて次の恋へと進んでいける。仕事中でもお休みの日でも、出会いの機会はいくらでもある。そうして会う人たちの中から一番相性とタイミングの良い人を選びだして、その時にこそ行動を起こせばいい。占い師が占いの通りに生きて何がおかしい。今回だってどうせ告白したところで丁重にお断りされてしまうのが関の山だったに違いない、占いにより不幸をさけることが出来たのだ、占い様様だったのだ。
――占い次第でまたこんな悲しい思いをしなきゃダメなの?
得も言われぬ息苦しさが私の心に湧いてきた。
眠れぬ夜を越えて朝になった。
失恋による心の傷はまだ癒えていない。しかしそれよりも堪えたのは、「どうせフラれるならば自分の気持ちを伝えてフラれればよかった」という後悔である。占いに縛られた人生を送っていてはまた同じ思いをするかもしれない、熟考に熟考を重ねた結果、私は一つの決断を下した。
今週の金曜日、裕介の恋路を見送ったあと、私は占い師を引退する。
裕介との別れを意味無いものしたくなかった。
この決意がぶれぬよう、私は水晶玉を壁にぶつけてバラバラにした。
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