2人が本棚に入れています
本棚に追加
5
「星羅さん、こんばん……うわっ! どうしたんですか、それ」
金曜日、宣言通りにやって来た裕介は現れるなりそう言った。クリスマスイブである今日この日、大勝負を控えている裕介の出で立ちはいつもと違った。短い髪をワックスで撫でつけ黒いコートに皺一つ無く、袖からは質の良さそうな腕時計が覗いていた。なるほど、これが裕介の勝負姿というわけか、私の心臓は節操なくドキリと跳ねた。
「びっくりした? そうなの、水晶玉が割れちゃったのよ。一応セロテープで留めてみたんだけどやっぱりダメみたいね」
「いや、それよりも目の下の隈ですよ。眠れて無いんですか?」
「ありゃ、そっちのことかぁ」
恥ずかしくなって私は慌てて目元を抑えた。
一週間前に占い師を辞めると決めたものの、長らくやってきた生き方をきっぱり捨てるのはやっぱり不安でなかなか寝付けない夜が続いているのは事実である。しかし送り出す人間としてはそれを知られて心配させるわけにはいかない。裕介は愛しの人と一緒になり、私は占いに縛られた人生から脱却するという、二人にとっての門出の日なのだ。
とりあえず水晶玉は今朝うっかり階段から落としたことに、目の隈は最近ゲームにハマっていることにして誤魔化した。
「ま、そういうわけだから今日は占えないの。ごめんね、肝心な時に力になれなくって」私は裕介の手を取った。
「でも大丈夫。先週の占い結果が早々に180度変わるなんて滅多に無いし、それでなくてもアンタみたいなイイ男に言い寄られてなびかない女なんていないわよ。だから絶対に大丈夫、私が保証してあげる」
「……それ、本当ですか? 信じてもいいんですよね?」
「あったり前よ。自信を持って告白しなさい!」
人生史上最高の笑顔で私は言った。
彼の顔が徐々に滲んでいくように見えた。でもまだダメだ、まだ涙は流せない。私はじっと笑顔を張り付けたまま、裕介の反応を待った。
そうしてしばらく見つめ合った後、裕介は深呼吸した。そして……。
私の手を握り返した。
「星羅さん、僕と付き合ってください!」
「はぇっ?」
私の口から品の無い声が飛び出した。
その拍子に涙が一筋、頬を伝った。
最初のコメントを投稿しよう!