10

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

10

俺の体は後ろからくる車のガラスに突っ込み、そのまま回りながら屋根を転がり、そして地面に落ちた。 あおり運転車は一度、停まったが少したって急発進した。 あおり運転プラスひき逃げ。 まあ後者の方は多少は俺のせいだ。 いや、ほとんど俺のせいか。 まあいい。 ヘルメットのおかげなのか、身体中はあちこち痛いが俺はほぼ無事だった。 奇跡と言っていいかもしれない。 こんな病気になっている俺だ。 奇跡の10や20は起こってくれないと帳尻が合わない。 道の端に座り込んだ。 見ると俺のバイクは大破していなかった。 一応、あの車も急ブレーキをかけたのだろうか。 しかし走らないのは間違いない。 大破してないだけで無残なスクラップになったのは確実なのだから。 試しにバイクに向かい、何とか立たせてエンジンをかけてみた。 一瞬、エンジンは唸りを上げかけたが、すぐに停まってしまい、その後は沈 黙を決め込んだ。 俺はバイクを端に寄せ、再びそこに座り込む。 死ねなかった。 自ら回避したのだ。 上に飛ばなければ、下に巻き込まれて俺はもう何も考えてはいないだろう。 それとも初めから無理な試みだったのだろうか? 死ぬ方法など腐るほどあるのに、何故こんな迷惑な方法をとったのだろう。 勝手に1人で死んでくれという意見には諸手を挙げて賛成する。 美香子の涙の記憶が少しだけ俺を正気に戻したのだろう。 美香子、美香子、美香子。 結局、いつだって美香子だった。 考えてみれば、別れてからいつだって探していた。 厳しく言えば、自分で決めたことなのだ。 だから仕方がない。 しかし自分で決めたこととは言え、間違いだと後から気付くことはあるだろう。 常に正しい判断ができるわけじゃない。 面白い映画を観ていて、ふと思う。 美香子と一緒だったらもっと楽しいだろうなと。 何もない横を見て、美香子の座っている姿を思い浮かべる。 暇で寝転んでいる時に、部屋のドアを見る。 閉まったままだが、頭の中でドアが開き、美香子が現れる。 そんなおこるはずもない想像をいくつしてきただろう。 俺はなんとか自分を焼き尽くすのを止められた。 死ななかった。 死ねなかった? どっちでもいい。 ただ問題は、これからだ。 人生のことじゃない。 まさに今のことだ。 ぶっ壊れたバイクと、あちこち痛い体、そして携帯を持っていない。 さっきまで死のうとしていた人間の思考じゃないなと思った。 一時的なショックで人は混乱する。 俺の場合は普段から混乱しているので、元に戻ったのだろうか。 思考がクリアになり、なぜこんな馬鹿げたことをしかけたのかと思って、恥ずかしくなってきた。 そう、全くアホな試みだっただのだ。 精神の歪みは、時にとんでもないことを正しいと認識する。 俺の場合は正しいと認識していたわけじゃない。 ただ何故か、そうしなければと強迫観念を抱いてしまっていたのだ。 ただそれが一区切りつけば、なんてことない事だとわかる。 考えることすら面倒になるくらいどうでもよくなる。 それが今現在の俺の状態。 そうすると軽トラックが近付いてくるのが見えた。 運転手の男性が話しかけてくる。 「何だ? 兄ちゃん、事故ったか?」 俺は黙って頷いた。 「どっか連絡できんのか? よかったら乗せてってやろうか?」 初老の男性は親切そうに言ってくる。 「助かります。できればバイクも」 そうして俺はバイクを軽トラの荷台に乗せてもらい、自らは助手席に座り、どこか知らない場所へ向かっていた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!