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初老の男性は田倉と名乗った。 田倉一郎。 お互いに軽く自己紹介を終え、これからのことを相談した。 事故の詳細は曖昧に答えておいた。 自爆にしといて問題ないだろう。 ある意味、真実でもある。 田倉さんの家は農業を営んでいるという。 60歳くらいだろうか。 親切そうな人だった。 時間も時間なので、一度、田倉さんの家に行くことになる。 このあたり、都会とは違うのだろう。 自殺を試み、間一髪でそれを回避した後、親切すぎる人に出会う。 マイナスは結局、プラスが来てゼロになるらしい。 「お前さんのバイクはホンダだよな」 意外な質問が来る。 「それなら何とかなるかもしれんなあ」 よくわからないことを呟いている。 30分ほど走っただろうか。 田倉さんの家に到着する。 田倉さんは先に家に入ると、女性を連れてきた。 奥さんの美佐枝さんだと紹介される。 「あらまあ、大変でしたね。うちでよかったら少し休んでいってくださいな」 何だ、この神のような夫婦は。 何だかんだと話しているうちに一晩、泊めてもらうことになった。 この夫婦は疑うということを知らないのだろうか。 見ず知らずの男なのだ。 ただ夕食時の会話はとても楽しいものだった。 自分の地元には高校野球の古豪チームがある。 その話題で盛り上がり、明日は朝から医者へ行けと勧められた。 正直、行く気はなかったが、適当に相槌をうち、そしてそのうち何故か酒盛りが始まり、一郎さんと美佐枝さんと俺はよくわからない理由で乾杯していた。 「何か悩みでもあるのか?」 唐突に聞かれる。 「あなた、失礼ですよ」 もちろん美佐枝さんだ。 「いやな、やけに暗い顔してるからついな。事故も自爆ではないだろう。おおかた死のうとでもしたんじゃないのか? 死に切れず呆然としていたってとこだろう。いや、何もお前さんに何かを言えってわけじゃないんだ。何も言わんでいい。俺の勘違いかもしれんからな」 俺は何も言い返せなかった。 そしてそれは肯定の意味と取られると思った。 そしてそうなった。 「そんな若くてアホな考えをもったものだ。まあ、いい。明日、いいものを見せてやる。今日はよく寝とけよ」 そして一郎さんは風呂へ行ってしまった。 「ごめんねえ。憶測だけなのに。ただあなた、私が見ても何か悩みがあ りそうに見えるわよ。あの人は口はあまり良くないけど、情のある人なの。そんなあなたがほっとけないのよ。気を悪くしないでやってね」 俺は何故か微笑んで会釈していた。 微笑むとこだったのだろうか。 ただ微笑みたかった。 嬉しかったから。 そして風呂を借り、美佐枝さんの用意してくれた部屋で寝た。 携帯を持ってないことも、どこか連絡するところなど、何も聞かれなかった。 やはり死のうとしたので疲れていたのだろう。 俺はすぐに眠りに落ちていた。
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