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12
シャッターが開くと俺は驚いた。
古いとは言え俺と同じ型のバイク、ホンダのスティードがそこにあった。
周りには工具と、色々な部品。
「偶然だが、あんたと同じだよな。好きに使っていい。自分で修理できるならするといい。それで家族の元に帰りなさい」
もちろん自分で修理できる。
それだけの部品と工具がそこにはあった。
奇跡がもう一つ起きたわけだ。
運良く、俺のバイクは大した故障があったわけではなく、数時間で修理は終わった。
お金を払おうとする俺に一郎さんは言った。
「いらないよ。それは俺のものじゃないからな」
何となく寂しそうだった。
一郎さんが仕事に行っていない時に美佐枝さんにお金を払おうとしたら、やはり同じような返答だった。
だが、彼女は少しだけ説明してくれた。
「それはねえ、死んだ息子のやつなのよ」
いきなりの衝撃発言に俺は無言を貫くしかなった。
この夫婦の息子さんは都会に就職し、鬱病か何かの精神病にかかり、結果、自殺したらしい。
その息子さんは若い頃、バイクが趣味だったという。
「そんな大切なもの、他人の俺が使っていいんですか?」
流石に俺は聞いてしまった。
「いいのよ。もう昔のことだから。それに誰かの役に立ったほうがいいでしょう?」
笑いながら美佐枝さんは言った。
途端に自分が愚かに思えた。
俺は病気のことがあるにせよ、周りのことを何も考えていないと改めて思った。
自分の家族、友人、そして美香子。
正当な死ではないと思った。
自殺なんて正当じゃない。
この時の美佐枝さんの顔が忘れられない。
微笑んでいるが、悲しそうだった。
きっとこの夫婦は悩みに悩んだ。
息子が自殺したのだ。
だから、痛みを知っているから、こんな見ず知らずの他人にも優しい。
必然なのか偶然なのか俺は自殺しに来て、この家にたどり着いた。
その日の夕方、俺は田倉家を後にした。
バイクは直ったし、体は怪我というほどのものはなかった。
家に帰ろうと思った。
「おい、ちゃんと家に帰れよ」
一郎さんだ。
「海のある街からきたんだろ。少しは恩に思うなら美味い魚でも送ってくれると嬉しいな」
連絡先はちゃんと交換してあった。
「気をつけて帰りなねえ」
美佐枝さんが手を振りながら言う。
俺は一度、バイクに乗りかけたが、降りて2人の前に立った。
「ありがとうございました。バイクだけじゃなく。もう大丈夫です。色んな意味で」
そして思い切り頭を下げた。
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