1

1/1
前へ
/14ページ
次へ

1

美香子とは会社が一緒だった。 と言っても同じところで働いていたわけじゃない。 支店が違うし、彼女は営業ではなく受付事務ってやつだった。 そんな彼女とは、たまにある飲み会で出会った。 凄く美人かと言われれば、そうでもない。 結構、可愛いってところだ。 初めて会った時から、とても感じがよかった。 同い年なのになぜか年下に感じた。普通は逆だ。 俺はどちらかと言うと、洗練された男性ではない。 いわゆるいつまでたっても男の子だ。 だから新鮮だった。 最初にデートに誘ったのは俺だった。 何だかんだと理由をつけて、連絡先を聞き出し、映画に誘った。 彼女は二つ返事で了解してくれた。 そこからとんとん拍子で関係は進み、気付けば恋人同士になっていた。 ここで自分のことを少し話そう。 俺は子供の頃から野球をやっていて、かなり上手かった。 高校ではあと少しで、甲子園に行けた。 そして何故だか、勉強もできた。 周りが受験で慌てているのを横目にさらりと進学した。 当然、女性にもそれなりにモテた。 そんな感じで生きてきたので、気も強かった。 あまり何かを怖いと感じたことはない。 いや、なかった。 そんな俺が不安障害。人間の脳はわからなすぎる。 話を過去に戻そう。 そんな気が強く、どちらかといえばワガママな俺を美香子はいつも優しく包んでくれた。 ほとんど怒らなかった。 多分、女友達には愚痴をこぼしていたんだと思う。 けれども俺には一度も嫌な態度をとらず、健気に尽くしてくれていた。 色んなイラつきをぶつけてしまう時もあった。 美香子が優しいゆえにだと思う。 俺がくだらないことで怒り、そして謝る。 すると彼女はこう言うのだ。 「そんな優也が好きだから、別にいいよ」 彼女の口癖だった。 彼女に言わせれば、他の人から見れば欠点に見えても、逆に美点に見えるらしい。 「それが好きだってことじゃない?」 その頃の俺にはわからなかった。 逆に欠点ばかり探していたかもしれない。 美香子は俺がしたいことは何でも付き合ってくれた。 しかもその時、自分に合わせてくれていると俺に感じさせないのだ。 彼女も心からそれをやりたいんだと思わせてくれていた。 多分、そうじゃないこともあったのだろうと今は思う。 言ってみれば、恥ずかしいことだが、彼女の方がずっと大人で、俺は何て言うか揺り籠で保護されているみたいな感じだったのだろう。 俺が何かに怒っているときに彼女に言われたことがある。 「そんなに怒らない方がいいよ。あなたは感性が鋭すぎるの。何かに気付きすぎる。普通の人なら気付きもしない悪意とかを感じ取りすぎる。しかもそれは恐らく間違ってないの。だから流すことを覚えようよ。自分まで傷付くから」 普段、人の言うことをあまり聞かない俺だけれども、その時は結構、ダメージをくらった。 自分のことを、自分よりも美香子の方がわかっているのが悔しかった。 そしてその言葉から、俺が彼女といる間、どれだけ彼女に負担をかけたり、傷付けていたかに気付いてしまった。 美香子はきっとそんなつもりではなかったのかもしれない。でも俺はその時、気付いてしまった。 美香子が優しいから、大人だから、俺たちの関係は続いているのだと。 何故か急に善人ぶりだした俺は、彼女と別れることにした。 でも、そんなことをうまくやれるほど器用じゃない。 ほとんど一方的に別れを切り出し、渋る彼女の言葉には耳を一切貸さず、関係は終わった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加