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4
病気はほとんどよくならず、時間だけが過ぎていった。
周りの世界は動いているが、俺の世界は止まったまま。
けれども、俺の世界はいびつながら動き出した。
バイクのエンジンをかけ、振動を感じ走り出す。
県をいくつも超えて、ある場所へと向かっている。
夏の終わり、まだ暑さが残る頃、俺は美香子の住む街へ向かった。
彼女の住所は知っていた。
何度か贈り物をしたからだ。
といってもプレゼントとかではない。
旬の食べ物とかそんな類だ。
だが家に行く気は無かった。
彼女は受付をしている。
職場に行って客を装えばいい。
ストーカーっぽいかと思ったが、忘れることにした。
一目、見れればよかった。
電話やメッセージ越しではない、本物の美香子を見たかった。
ただその存在を視覚で感じてみたかった。
それですべてが解決するような気すらしていた。
これらが俺が高速移動している間に頭の中を占めていたものだ。
運転に集中しろよ、と自分にツッコミをいれておいた。
高速を降り、一旦、コンビニで休憩する。
何時間走ったのだろう。
まったく気にならなかった。
今の俺に始まりも終わりもない。
後は美香子の働く支店に行き、遠目でもいいので彼女を見るだけだ。
気付かれない方がいいと思った。
同時に気付いて欲しいとも思った。
嬉しがるかもと思った。
迷惑がるかもと思った。
そして最後に思ったことは、自分は馬鹿野郎だってことだった。
やはりやめようかとも思ったが、止まらない。
と言うより、俺と言う男はここで止められる人間ではないのだ。
ふと気付く。
ただ旧知の人間に会うだけなのに、何がそんな一大事なのだろうと。
たしかに元彼女だが、別に喧嘩別れしたわけじゃない。
頻繁ではないが普通に連絡もとっていた。
今日だってそうだ。
あらかじめ伝えておけば、お茶くらいはしてくれただろうに。
でも、そうじゃなかった。
俺はただ俺自身の願いで彼女を見たかったのだ。
自分が出会ってきた女性、いや違う。
出会ってきた人間のなかで最も自分を理解してくれる存在を、ただ見たかった。
会いたいわけじゃない。
見たかった。
このあたりの心情は我ながらよくわからない。
まあよくわからない病気になっている俺だ。
よくわからなくて当然だろう。
見上げれば看板が見える。
自分がかつて所属していた場所の名前が刻まれている。
そして、そこに記されている場所が俺の目的地だった。
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