3人が本棚に入れています
本棚に追加
5
自動ドアの手前で、また躊躇した。
美香子は昔と違って見えるだろうか?
空気が背中を押すようにして、店舗に入っていく。
受付に何人か女性がいるが、肝心の美香子の姿はそこにはなかった。
こんなもんだろう。
覚悟を決めて入ってみれば、目当てはいない。
時計を見ると正午過ぎだった。
ずっと時間を気にしない生活をしてきたせいで、食事の時間感覚がおかしくなっていた。
普通に働いている人は昼食の時間だ。
行き交う人々を眺める。
皆、充実した顔をしている。
午前中の仕事を終え、後は半日。
俺は何も終わらせていない。
店舗を出て、適当に歩いていると、芝生の綺麗な公園があった。
何人かのOLや学生が、ベンチに座り昼食を食べていた。
笑い声があちらこちらから聞こえてくる。
今、現在、仕事をしていない俺には、とても眩しい光景だった。
ただ生きているだけの俺にはない時間だ。
食事をするだけで、どこか罪悪感すら感じるのだ。
社会に生きていないと言うのは、想像以上につらいものである。
空いているベンチに座り、ただ下を見ていた。
すると何か感じた。
言葉にしろと言われれば、出来ないと答えるしかない感覚。
それを感じた方を見ると、美香子がいた。
3人ほどで笑いながら弁当箱をバックにしまっていた。
髪型が少し変わっていたが、柔和な感じは変わらず、ずっと想像していた美香子とほとんど変わらなかった。
弁当箱なのが、彼女らしいと思った。
きっと自分で作っているのだろう。
あまり料理が上手ではないと常に言っていたが、そんなことはなかった。
人並み以上だったと思う。
俺もよく彼女に作ってもらっていたものだ。
ちなみに俺の味覚はあてにならない。
ほとんどのものがおいしいという得な味覚をしている。
美香子はやはり美香子のままだと思った。
距離はほんの10メートルほど。
俺は下を向いていたので、彼女は気付いていないだろう。
俺は反射的に立ち上がりかけたが、何とか止めることができた。
ここで何をすればいい?
「やあ、美香子。久しぶり」
そう言えばいいのか?
そんな訳はない。
それに俺の目的は違うのだ。
何をしにきたのか?
彼女を一目見たかった。
実はもう一つ目的がある。
明確な目的が。
それは殺人者になることだった。
最初のコメントを投稿しよう!