この世界の普通の日常はこうして生まれているのです

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「君のことが大好きです」  言えなかった言葉を、俺は言った。  現在言い終えた言葉なのに、何故、言えなかったという過去形なのか?  その理由は、俺が未来からやって来ているからである。  彼女はこの後発生する自動車事故に巻き込まれて死んでしまう。  俺はそれを知り、絶望したほんのすこし先の未来からやって来ている。  来ている。と言ってもタイムマシンとかで移動して来たわけじゃない。  彼女の死を知り、自宅で泣きわめき、彼女を見送る前の過去に戻れたら——そう願ったら、過去に戻っていた。  現実を直視出来なくて閉じていた瞳を開くと、彼女が目の前にいた。  事故の前の時間に戻っていた。  こういうのはタイムリープとでもいえばいいのか。アニメや映画で見た程度の知識しかない俺にはよくわからないが、記憶というか、意識のみが事故が起こる前の時点に戻っていたと考えるしかなかった。  この時、俺はまず喜んだ。  何が起こったかよくわからないが、神様か何かがチャンスをくれたのだと思った。  そしてそのまま勢いに身を任せ、彼女を助けようとした——が、駄目だった。  彼女は死んだ。  自動車事故で。俺の目の前で。  俺は再び絶望した。しかしそれ以上に、彼女を救いたいと想い、願った。  お願いだから、もう一度チャンスをください。  すると、また過去に戻っていた。  俺は神に感謝した。  彼女を助けるまで何でもこの時間を繰り返してやると思った。  ……そう思ってしまったからなのか、俺は何度もここと、この少し先で行ったり来たりを繰り返すことになった。    もう何度繰り返したかわからない。  初めから数など数えてなかった。これからも数えるつもりなどない。  表が出るまでコインを投げ続ける。  彼女を助ける事が出来ると信じている。  ここから先に進むんだと強く願っている。  そうやって自らを鼓舞しながら繰り返していた中で、ふと気づいた。    そう言えば、まだ俺の気持ちを伝えてなかったな、と。  助けることに夢中になっていて、彼女とろくに話もしてなかった。  それで、この先で言えなくなる言葉。ここでしか言えない大事な言葉を告げるのを忘れていた。  だから、俺は言ったのだ。  自らの胸に秘めた決意を、再び自らに誓わせる為に。 「大好きです」と。  けれど、自分でも悲壮な決意だと理解しているのか、涙が溢れていた。  恥ずかしいな、と思った。  この世の誰よりも、俺が俺を信じなくてどうするというのだ。  この状況を変えられるのは、俺しかいないんだ。  俺が何とかしなきゃいけないんだ。  俺が彼女を助けるんだ。    強く、そう想った。  それでも、涙は止まらなかった。    不思議なことに、彼女も泣いていた。  ……優しい彼女のことだ。もらい泣きだろう。  一緒に映画を観ていると、俺が涙したところで彼女も泣いて、泣いているお互いを見て更に泣いたりしたっけ……。  遠い過去のことではないはずなのに、遥か昔のことのように感じてしまう。  そんなシーンを思い出したからか、俺は、彼女を抱きしめていた。  彼女も俺を、抱きしめてくれた。  これから起こることを、彼女は知らない。  それなのに、まるでこれが今生の別れみたいに、俺達は強く、深く、互いを抱きしめあっていた。  その瞬間、不意に自分達がとても弱々しい存在に感じられて、俺は思わず祈っていた。  ……ああ、本当に……もし神様ってやつがいるなら、助けてくれよ。  俺には出来ないことをやってくれ。  順風満帆な人生をくれって言ってるわけじゃないんだ。  ここから先に進ませてくれ。  俺達を助けてくれ。  お願いします……神様……。  
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