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十一月の半ば、その日はいつもと変わらない朝だった。
六時に起き、家族を起こさないようにそっと部屋を出て、リビングで朝ごはんの準備を始める。
湯を沸かし、目玉焼きを作り、食パンで野菜を適当に挟み、果物を切る。慣れたルーティーンをこなし、テーブルに食事を用意してからリビングを出た。寝室のドアを遠慮なく開けると、暗闇のその中から二つの寝息が聞こえてくる。
「朝だぞ、起きろ」
ダブルベッドに、大きな塊と小さな塊がある。僕の声に、小さな塊の方が反応した。掛け布団の中でうごめき、数秒後に上半身が起き上がる。
「おはよう」
僕が言うと、葵は声にならないようなかすれ声で「おはよう」と言った。小さな手で片目を擦っている。
「もう朝ごはん出来てるから。お父さん起こして、連れてきてくれるか」
「うん」
葵の手が、隣で寝ている父親の背中に伸びるのを横目で見ながら、部屋を後にした。低い唸り声が、開け放した部屋の中から聞こえてくる。
リビングに戻り、テレビの電源を付けた。いつも見ているニュース番組にチャンネルを変えたが、なぜかそこに映っているのは見知らぬキャスターだった。
ぼんやりと眺めていると、父と葵が来た。父は短髪を四方八方に向けながら、荒んだ目で僕を見る。
「ひどい」
「何が」
「嫌がらせだ」
何を言っているのか分からないが、ひどいひどいと繰り返しながら自分の席に座った。葵もその向かいにある子供用の椅子に座る。
大きなダイニングテーブルには、空席が一つある。そこには常に母の写真が置かれている。キッチンに一番近く、移動をするのに楽な席だ。ここがいつもの、母の席だった。
母が亡くなったのは、葵が生まれた時だった。もともと身体の弱い母は、出産に伴うリスクが高かったらしい。僕を産んだ時も難産であったと、母が亡くなってしばらくしてから、父から聞かされた。
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