1、リコともみじの章:道化師も天井から落ちる

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1、リコともみじの章:道化師も天井から落ちる

「うわっ!」 「あっはは!だから無理だっつったろ?」 「おいリコ。ズボン脱げかけてるぞ?」 リコは、わざとらしくない程度に、ズボンを引き上げながら、前に転んで見せた。また笑いが起こる。 楽しそうな笑い。 おかしそうな笑い。 笑い、笑い。 お客を笑わせるためにおどけてみせる、ひょうきん者。 そのピエロが、まさしく自分だった。 人を笑わせるために、演じる。 自分を守るために、演じ続ける。 笑顔の仮面にすがりつく。 偽善? 嘘つき? 何が悪い。 誰だってやっている。 いつからか、本心を言うのが、怖くなっていた。 孤立するのが、怖かったのだろうか。 部活が終わった後、リコは一人、コートに立っていた。 乾いた風は気持ちいい。 だけど、どうしようもなく不愉快だった。 耳を閉ざして、うずくまってしまいたい。 部室からずいぶん離れているはずなのに、なぜか耳に届く、人の声。 「あいつさ、最近調子乗ってるよな」 「後輩のくせに、態度でかいだろ」 「きもい」 誰のことを言ってるかは、わからない。 苦しさの果てに吐き出した感情なら、責めることもできない。 ただ、毒を持った言葉たちは通り過ぎざまに、心を削り取ってゆく。 苦しい。痛い。 悔しい。悲しい。 もう、空は夕焼け色だった。 冷たい冬の風。 木枯らし。 自然の音は、こんなにも綺麗だ。 透き通っていて、余計な意味を携えていない。 ふと、季節はずれの紅葉が飛んできたのに気づく。 グラウンドの真ん中に、一枚だけ。 その向こうに、コートに取り残された、サッカーボールを見つけた。 軽く足であしらい、上に乗ってみる。1ミリもブレはしない。 リフティングも安定。 そのままゴールに向かって蹴ると、真っ直ぐに飛んでいって、乾いた音を立てた。 意味なんて、ない。 ただ、なんとなく悲しくて、苦しくて。 理由もないのが、もどかしくて。 この感情の、解き方がわからない。 だけど、これ以上悲しく苦しくならないための方法なら、わかってる。 嘘の仮面をかぶりなおして、仲間達の所へ走っていった。
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