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ゆびさき
付き合い始めというのは何だかぎこちない。
もうずっと片想いをしていて、これからもずっとそうなのだと思っていた。
お酒の勢いでつい踏み出してしまったイヴの夜。思いがけず回された温かい腕。
あれからたった一週間。もう一週間。
古書店に併設されたカフェを営んでいる私の元に、仕事帰り、彼は毎日寄ってくれる。とは言えすごい本の虫だから、目当ては私なのか本なのか怪しいものだ。そもそも、こうなる前から彼はお店の常連さんだった。
奥まった階段下のソファーがお気に入りの席だ。せっかくお店に来てくれても殆ど顔も見えない。それでも閉店までずっと居てくれて。家まで送ってくれて。
二人で過ごす時間は少し増えた。
だけど。
並んで歩いていても指先さえ絡まない。
あなたは私のものよ、って。
私はあなたのものよ、って。
そんな確かな何かを求めるのは欲張りだろうか。あの夜強請った宿り木の下のキスだって、結局もらっていない。
店を閉めて表に出ると冷たい夜気が絡みつく。暖かい店内に居ると油断して、ついつい薄着になってしまう。思わず竦めた首筋に、ふわりと柔らかな温みが纏いついた。
「寒いですね」
回されたマフラーと同じくらい柔らかくて温かい笑みが私に向けられる。
ずるいなあ。
狡いと思う。
ものすごく奥手で。甘い言葉のひとつもくれないくせに。こうやって私の心を包んで動けなくしてしまうのだ。
男物のマフラーは、女の子が使うやつみたいにもこもことボリュームがある訳ではない。だけど、微かに持ち主の匂いがして。私の頬を火照らせる。
「ありがとう」
お礼を言うと、彼は微笑んで踵を返した。私に合わせてゆっくりとした歩調で。
彼は何にも言わないけれど、通りの向こうから店に向かってくる姿を何度も見たことがあるから、私は知ってる。そのことがどんなに私の心を乱すか、彼は気づきもしない。
追い付いて隣を歩く。剥き出しの指先が冷たい。
ねえ。狡い私の作戦に気づいてよ。
「冷たいですね」って。冷えた手を握って暖めてほしいのに。
「初詣に行きませんか?」
別れ際、彼が言った。
明日と三が日はカフェはお休み。暫く逢えないな、って寂しかった。
これってデートよね?
どうしよう。すごく嬉しい。
◇◆◇
神社はすごい人だった。並んで歩いていても逸れてしまいそうなくらい。
ふと、指先に温みが触れた。
「逸れるといけないので」
触れた指先に力が籠る。
「そうね」
私は染まる頬を隠したくて。
少しだけ、彼に寄り添った。
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