1章 幸せと不幸

1/13
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/149ページ

1章 幸せと不幸

グラス大陸の西に分布される大草原には自然発火する植物が生えている。草原火災は珍しくもない。 青空に登る黒い煙は、植物が燃えている証拠だった。 炎が消えたあと、自然発火の植物は芽吹き、成長する。そして子孫を残そうと発火する。不思議な植物の研究は何万年も続いていたがその原因は分かっていない。分かることは生存するために発火が必要だということだ。 グラス大陸は火災が多く、決して珍しいことではない。炎は半日で消える。魔術師が結界を張って炎の広がりを抑えているからだ。余りに遅いときだけ水や土を使う。シオンとノアは黒煙を背景に街への道を進んでいる。 「もう、良いからおろしてください。お願いします」 ノアにしてみれば丁寧な言い回しなのだろう。心にもない言葉を吐き出して、完全に抵抗を止める。 シオンとしては無鉄砲極まりないノアを解放することに不安はあったが、そんな風に言われるとどうも弱いらしい。 ノアを木陰に座らせて、自分も一息ついた。 草原の一件より、丸二日、呑まず食わずで街道を歩いている。小休止はしていたが、腰を据えての休憩は久しぶりだった。 「腕も腰も壊れそうだ。もう少し、痩せたらいがかな?」 シオンはどこからか水筒を引き出して水をコップに汲むと、隣でふてくされているノアに差し出した。 「捨ててくればよかったのよ」 ノアがコップを奪い、水を煽り、咳き込む。 「その気なら迎えになんていかないよ。それよか、西の観光を楽しみたい」 「おひとりでどうぞ」 ノアがコップを地面に置いた。 風が心地よい昼下がりの街道沿いには針葉樹が数本並んでいる。空からは太陽光が穏やかに降っていた。遠く黒煙が見えること以外は至って普通の旅であった。 「そういうことをいうなら、また、担ぐよ」 シオンは外套から眼鏡を取り出して装着する。若干、前髪が眼鏡にかかっていた。 「恥ずかしいからやめて」 「そうでもしないとまた、変に奴に幸せと不幸を呼んでしまう」 「仕方ないでしょう。そういう体質なんだから」 ノアは青い瞳を逸らして膝を抱えた。 ノアは、悪魔と聖女から生まれ、教会で育てられた。聖女として扱われていたものの人を幸せに導いては破滅させる災厄を備えている。心無き王の命令で魔界を破壊するために魔王の息子に生け贄として捧げられた。ノアは魔王の息子に取り入り、魔界を破壊する一歩手前で魔王の部下に詳細を掴まれた。
/149ページ

最初のコメントを投稿しよう!