PROLOGUE

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「偶然に理由があるか」  アンブローズは眉を寄せた。 「諜報活動としてこの事件を探っているのでは」  無いな、とアンブローズは答えた。 「たまたま大失敗をやらかして、軍から除隊させられただけだ。言わせるな」 「嘘」  女は詰め寄った。 「そんな記録は、どこにも無い」 「上官が気を使って削除してくれたのかな」  アンブローズは口の端を上げた。 「本当にそうだとしたら、上官も重罪です」  女の顔の内部から発せられる機械音が、僅かに大きくなった。 「特別警察のわたし達にも分からないように消せる訳が」  女の瞳がゆっくりと入れ替わった。  黒目勝ちの愛らしい瞳から、内部の人工的な構造が透けて見えるスケルトンの瞳に。  瞳の奥に垣間見える人工の水晶体が、小さな光りを点滅させていた。 「こちらも、一つ疑問がある」  アンブローズは言った。 「何なりと。情報交換しましょう」  女は言った。 「その事件の、死者と負傷者とやらは、どこに行った」  女は内部構造の透けて見える目を、真っ直ぐにアンブローズに向けた。 「周囲のどこの病院にも運び込まれたという情報はない」 「ノーコメント」  無表情で女は言った。  アンブローズは眉を寄せた 「情報交換にならないだろう」 「機密事項です」 「その顔……」  アンブローズは言った。 「わざわざ犯行者と同じ顔を造ったのか」  女は腕を組んで首を小さく傾けた。  目の内部の辺りから微かな機械音をさせ続けた。 「若干の皮膚の強張り、発汗、心音の変化はあったものの、微妙なレベル」  女は言った。  表情には出ないように気遣いながら、アンブローズは唾を飲んだ。  立て襟のジャンパーを着ていたのは正解だったか。唾が喉を通る動きが見えにくい。 「この顔を見れば、何か反応があるかと思ったのだけど」 「幼稚なことを」  アンブローズは言った。 「そんな簡単にもいかないか」  コツ、コツ、とピンヒールの音をさせ、女はアンブローズの目の前に近付いた。  艶っぽい仕草でアンブローズの頬に手を当てた。 「我々は、軍と対立しているつもりはない。あなた方がどういうつもりでも」  女は言った。 「本当のことを、話してくれませんか」 「除隊した人間に何を言っている」  アンブローズは言った。 「今は下町でクダ巻いて暮らしている身だ。この(なり)を見て分からないか」  アンブローズは両手を広げるようにして、自身のラフな格好を見せつけるようにした。 「こんな所に呼び出されるのも恥ずかしい。もういいか」  女とすれ違うようにして、アンブローズは出入り口に向かった。  ジャンパーのポケットから、香料と精神安定効果のある成分が配合された煙草を取り出す。  咥えると、唾液の水分に反応し火が点いた。  お飾りで出るようになっている細い煙が後ろに漂う。  女の身体の内部の機械音が、背後から聞こえ続けていた。
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