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3
ガラスの皿からは、全然信心深くもない私にさえわかるほどの、神々しい光がこぼれている。それは部屋中に広がり、さらには外まで流れ出しているようだった。
「自分の社を持って仕事し始めたら、あまりお気軽に出かけることもできなくってさ。楓ちゃんが来てくれるのを、ずっと待ってたんだ」
「夏彦くんって、……神主……さん?」
「いや、違うけど、えーっと、改めてそう言われると、俺って何だろう?」
うーん、うーんと首を傾げ始めた夏彦くんの頭に、ぴょこんと、狐の耳が見えた気がした。
不思議な家に住む、不思議な人。
だけど不思議と怖くはなかった。
色々と話したけど、結局夏彦くんの正体は、分からないまま。本人もよく分かってなさそうなのは謎だ。
家業があって、見よう見まねで覚えるんだよ。新しく職場ができたから、俺が派遣されたんだ。そんなふうに言ってた。
夏彦くんの姿は誰にでも見えるわけじゃないらしい。けど、たまに見える人に会うと嬉しくって飛び跳ねたくなるんだって。私と会った時も、そういえば跳ねてたっけ。
お茶を飲んでおまんじゅうを食べて。このおまんじゅう……お供え?ま、まあ考えまい。そしていっぱい話をして、涙が出るほど笑ったりもした。
どのくらい時間がたっただろう。じゃあね、と手を振って見送られながら玄関を出ると、そこはタワーマンションのロビーだ。振り返れば夏彦くんの家のドアはなく、かわいい鳥居と社、そして狐の像が見える。不思議な体験だけれど、ただ素直にわが身に起こった事を受け止めて、そっと胸に手を当てた。
管理人さんはこっちをちらっと見たっきり、何も言わずにそっぽを向く。
「お邪魔しました」
出口でそう声をかけたら、そっぽを向いたままボソッと呟く声が聞こえた。
「また参りに来てあげな」
「はいっ」
マンションの外に出ると、まだ少し冷たい風に乗って、淡いピンクの吹雪が舞う。
「ねえ、楓ちゃん。あのさ……好き!」
「……私も」
拙いけれど嬉しい言葉が、桜吹雪と一緒に頭の中で何度も、何度もリフレインしている。
【了】
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