お嬢様

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「……ああ。  悪かった。仕事は、するさ」  人間の愚かしさに内臓の全てがぐるぐると掻き回されているような気さえする怒りの中、理性で言い聞かせた正論でどうにか感情をねじ伏せ、そう口にするのが精一杯のロウウェルにアレマはほっと息をつく。 「私は戦争を知らない子供だ。いくら魔術が編めてもそれを封じられた今、無力でしかない」  困ったような笑顔を引き締めて、アレマは貴族としての責任に言及する。 「死にたくはないし、己の身も可愛い。この感情はきっと誰でも同じだろう。それでも、私は貴族だ。貴族には貴族たる責任がある。家の為に、領民の為に。死ぬなら私の死は利益とならなきゃいけない。  私の死は、ソーレン家の損であってはいけない。私が命を捧げるべき相手はこのソーレン伯爵家とその領地、その領民であってそれ以外の誰かの謀では死ねない」  アレマの強い瞳の輝きを、ロウウェルは静かに見守る。 「だから、私は死ぬ訳にはいかないんだ」  桃色とも、紫とも取れる不思議な虹彩の瞳が、光が踊るように煌きながらロウウェルを見据える。  契約はした。仕事はする。だが、アレマのこの瞳はそれ以上の何かを求めている気がした。 「お貴族様ってのは、そこまでしなきゃいけないもんかね」  ある一種、覚悟の決まっている人間というのは人を惹きつける。アレマにもその輝きを感じるが、ロウウェルには同調できない部分が多くあった。 「これが貴族として生まれ、施された教育による意思だとしても、それが私だ。私は私以外の何者にもなれない。だからこそこれが伯爵家に生まれた私の誇りなんだよ。  私の思考を理解などしなくていい。ただ、尊重してくれ」  なるほどと思ったロウウェルは口元に手をあげて考える。理解はしなくていい。ただ、否定せず沿う事。彼女が求めているのは理解者ではなく、目的を果たすための、共犯者だ。 「貴族の責務(ノブレスオブリージュ)ってやつかね」  半分呆れて、ロウウェルは嘆息する。  だが、心の内に僅かな高揚を感じ取ってほくそ笑んだ。口布に隠れた口元に、上がった口角など見て取れないだろう。その代わり、細まった目元が語っていた。 「面白い」  理解できないと一線を引いていたロウウェルが、その壁を取っ払った事を感じたアレマは「何故?」と疑問に思う。面食らったように目を見開いたアレマに、口布越しでも分かる程ロウウェルの口角が上がる。 「俺は貴族じゃねえ。理解はできん。だがアンタの覚悟はわかった」  何もかもを見据え、覚悟を決めたような貴族の娘。どこまでやれるのか見ものだ。  この街の傭兵稼業を畳むのは癪だが、正直面倒事になったら何もかもを捨てて新しい土地で一から始めてもいい。そう考えていたロウウェルは、久しぶりに『護る』ものを見つけた。 「いいだろう。  狼人族・牙、ロウウェル・グウェン。俺の全てで、アンタを守護する」  ある日の午後、広大な土地を持つソーレン伯爵家の一室。滅多に一族の名を語らない男、ロウウェルはどこまでも堕ちる覚悟を決めたと少女に宣言した。
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