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狼人
1人の方が気楽だと感じた経験は、きっと誰にでもあるだろう。だが反面、寂しさを自覚出来るかは当人の経験に因る。
寂しさを感じる為には、逆説的に他人と共有する充足感を味わわなければならない。一般的に多くが抱く幸福感や充足感を失った時に初めて、寂しさという影はその輪郭を顕にするのだ。
「孤独は人を死に至らしめる病だ」とは誰の言葉だったか。
平凡な日常は幸福と言えるだろう。それでも孤独感が付き纏うのは、失った事がないからだ。喪失感に怯えれば怯える程、日常というものは尊く感じる。
あああの時は幸せだったななどと、当時の退屈さなど忘れて宣うのだ。
過去の眩しさに思いを馳せても、置いてきたものへの未練が深まるだけ。
そう頭を振って狼人の傭兵、ロウウェル・グウェンは目の前にドンと置かれた肉肉しく湯気の上がる食事と、パチパチと泡の弾ける発泡酒の音を聞いていた。
全身黒づくめの傭兵はフードを被って口布を巻いている。座っていても長身である事が窺えるが、その長身を更に嵩増ししているように見えるのが、頭からすっぽりと被ったフードの違和感だった。頭の左右それぞれにテントを張るように山が二つ立っているのだ。それはさながら動物の耳のようだった。
狼人と呼ばれる種族のロウウェルには頭部に2つの耳、それと尾骶骨の辺りにふさりと揺れる尻尾がある。毛並み豊かな尻尾は椅子の背凭れの隙間から床に垂らしていた。
宿の食堂は活気があり、料理の匂いが充満している。どこの席も煩く、一人飲みの者は僅かだった。例に漏れずロウウェルの陣取るテーブルにも、体格の良い男が我が物顔でドカリと座っている。
「なんだよ、見てないで呑み食いしとけよ」
そう言う目の前の男に、ロウウェルはため息を吐いた。
テカテカに艶めく鳥の足を、豪快に引き千切り咀嚼する様は実に味わい深そうだ。
「俺の現実逃避に水を差すくらいなら、人前で食えない俺にもうちっとくらい配慮してくれ」
口元へ手をやって、口布の存在を目の前の男に示すロウウェルに、今度は反対に男がため息をつく。
「お前の煮えたった過去をぬるーく薄めてやったんだから感謝して欲しいくらいだね。
そもそも気にし過ぎなんだよ!そんな狼人の里で意味があるとかなんとか言う入れ墨なんぞ、人間が見て分かるわけねえだろうが」
またガブリと豪快に肉に齧り付いて、黙って聞いているロウウェルへ行儀悪くも鳥の足を向ける。
「そんな黒づくめにしようがしまいが、狼人ってだけで目立つんだから何かを隠すならもっと違和感なくしろよ」
「そうは言うが、じゃあ口布だけしておいてフードはなく耳は丸出し。それはそれで目立つだろ」
「だからしようがしまいが目立つっつてんだろ。それよりお前、食わねえなら俺が全部食うぞ」
威嚇するようにテーブルの上の料理を腕で囲い込む男に呆れながら、食事をしない自分がここに来た目的を催促する。
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