お嬢様

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「なるほど、ククト・バンからの推薦かな?」 「ご明察、恐れ入る」 「……人材としては申し分ないがね。掛けたまえ。立ち話も何だ。」  伯爵は執務机の端に置いてあったベルを持ち上げるが、そのベルには打ち鳴らす為の鐘がないのか音はしない。  空気が揺らめくような気配がして、ロウウェルはそのベルが形ばかりの魔術具である事を悟る。 「客人だ。紅茶を」 「ただ今」  短い命令と返答に、格式よりも合理性を重視する家柄なのかと推測する。そう言えば、廊下にも装飾はほとんど無かったな。  伯爵が腰掛けるのを待って、アレマを上座に浅くソファに並んで腰掛ける。  ……いや、お前はあっちだろう。  そう思うも今は伯爵の手前、些細な無礼も回避したい。ロウウェルは内心に留める。  アレマの座る位置を見て、伯爵はピクリと眉を動かすが、ロウウェルは見ないフリを決め込んだ。 「……それで、護衛を受けて貰う前に、我が家の現在の状況を把握しておいてもらおう」  取り敢えず守れ。そういった依頼も少なくない中、情報の共有をしてくれるのはありがたい。 「まず、我が伯爵家は私とその子を含め、5人の家族構成だが街の者なら把握しているだろう。説明は省く。護衛を受けるに当たって必要なら、その子に説明を請え。  他の家族にもそれぞれ護衛が付いているが、近頃アレマの身の回りでだけ妙に魔力が荒れるのだ。」 「魔力が荒れる?」  伯爵はコクリと頷く。 「邸内を歩いてみてどうだった。」  魔力とは地を走る血管であり、空気に漂う素体でもある。何にでも宿る魔力は、生活の中で血液に宿り循環する。人間も動物も、他の種族もそれは変わらないが、取り分け人間は空気中の魔力の乱れに弱い。地の魔力については整える力を持つが吸い上げる力を持たず、空気中の魔力、つまり魔素は整える力を持たず消費しかできない。しかし地脈と魔素の関係は密接で、人間の多く住む土地は地脈が整い、自然と魔素も安定している。  ロウウェルは狼人だが、人間よりも優れた五感と巧みな体内の魔力循環を得意とする種族だ。つまり人間よりも地脈にも魔力にも敏感だった。 「それは、この邸内の魔力についてというお尋ねか」 「それ以外の話を今していたかね?」  くそ、親娘だな。と他人の揚げ足を意気揚々と掬い取っていく様にそんな感想を抱くが、話を続ける。 「これは失礼を。  魔力について、この街の中でも一番安定しているし、なにより結界も伝達術も強固で引っ掛かりがない。余程腕の良い術師をお抱えのようだ」 「そのどちらも、アレマの施したものだ」  驚いてロウウェルは隣へチラリと視線を走らせるが、アレマは終始変わらず瞳を伏せて微笑みを浮かべているだけだ。 「それは……。  無知を承知でお聞きするが、貴族のご息女は皆その様に教育を施されるのか」 「まさか。この子は特殊なのだよ。  まあそんな事もあって、アレマは魔力に関しての干渉は熟練の域だ。にも関わらず、新たな術式を組もうとすると、暴発する」  人間の魔力の使用方法は、人間の血液に取り込んだ体内の魔力を放出するか、空気中の魔素を利用する。小さな術ならば体内の魔力だけで済むが、大きく魔力を消耗する術は外部からの魔素を利用しなければ、体内の魔力が尽きかねない。血中に蓄えられる魔力量は個人差が有ると言うが、許容量の大きい者は強大な勢力を誇る<教会>に引き取られ、生涯を過ごすと言う。
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