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「暴発とは、具体的にどのような」
異常な程に魔力をロスした場合、血中の魔力が尽きれば、最悪人間は死ぬ。
他の種族にはない特徴で、地脈からの魔力を吸い上げ、補給できる種族が大半だ。空気中の魔素は、その時利用し消費する事が出来ても、体内に取り込む事はできない。正確に言うと、人間の呼吸器が特殊なのか、魔素を一切血中に取り込めないのだ。
「魔力が異常に持って行かれる事もあれば、回路が上手く通らず術式が体内で暴れる事もあった。魔術干渉を受けているとしか思えん」
小さな子供は魔術回路の生成が未熟で、暴発することは良くある。その為周囲の大人が干渉して整えてやるのだが、熟達した成人の魔術回路を乱す事は出来ない。出来るとすれば被干渉者よりも一線を画して優れた術師であるか、人間の特性である「空気中を漂う魔素の乱れに弱い」と言う部分を逆手に取れる他種族以外にはない。
ここでロウウェルは何故狼人である自分が、護衛として望まれているのかが見えてきた。
「そういう訳だ。どうする?今なら相場よりもいい値段で君の時間を買おう」
やっと隣から聞こえてきた声に、ロウウェルは唸る。
正直言って厄介だ。厄介だが助けを求められて、無下にしたいという気持ちは薄まっている。
「それはそうと、君の口布は狼人の伝統か?聞いたことがないが。
やむを得ぬ訳でもないのなら、顔を明かしてくれないか」
ここで初めて下手に出て見える伯爵。その内心は穏やかではない。何せ、伯爵家は女系家族。今護衛に付いている騎士や傭兵も、皆女ばかりにしてある。何故そこまで神経質になるのか。
「……これは一族の名誉を守る為のエゴ。隠さなければならないという訳では」
「では晒してくれ」
若干前のめりになった伯爵にロウウェルは身を引きたくなるが、ぐっと堪えて口布をずらす。
「ほう……?」
感心したような、訝しいような声を漏らすアレマに対しての反応はない。
進んで晒したい物でもない狼の刺青を晒さねばならなかった不快感にロウウェルは眉根を寄せ、ロウウェルの顔を見た伯爵は絶望していた。
護衛は皆女、若しくは老兵。何故そこまで神経質になるのか。
室内の3人が其々の感情で何とも言えない沈黙に包まれる中、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。かと思えば「入りますよ」と室内の誰何も許可も待たないまま、ドアがカチャリと音を立てる。
「その声っ
ま、待て!開けるな!」
絶望から慌てて引き揚げられた伯爵の声も虚しく、ドアが開く。
そこに立っていたのは、アレマに反してきちんと貴族のドレスを身に纏った妙齢の女性だった。
「はい?
…………まぁ、まぁまあ!」
紅茶のワゴンを背後にした女性は、室内を見廻してロウウェルを目に留めると、淑やかだった表情を驚きと期待を織り交ぜ、目を輝かせる。
「なんて凛々しい殿方なのかしら!」
ひくりと頬を痙攣らせるロウウェルに、さめざめと顔を覆う伯爵、感情の読めないアレマ。
何故伯爵家の護衛が女性か老兵ばかりなのか。
伯爵家の女性は皆、非常に惚れっぽかった。
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