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「食うのは良いが、話を進めろよ。
何が楽しくてお前の食事風景を、貴重な休みの日に腹を減らしながら見んといかんのだ」
ガツガツと食事を口に放り込み、ゴクゴクと喉を鳴らして発泡酒を煽っていた男は、ロウウェルの発言に目を見開いて思い切り口の中のものを吹き出した。
ブフウゥッ
音と共に盛大に吐き出される発泡酒。
嫌そうな顔でスッと横に避けるロウウェル。
弧を描き宙を舞う黄色い液体。
それにぶち当たる哀れな店員。
「お前、汚えな。
狼人の子供でももうちっと人間のテーブルマナーくらいできるわ」
ちゃんと避けたつもりだが、空気中に僅かに舞う飛沫が掛かったような気がして、サッサと発泡酒が過ぎ去って行った側の肩をお絞りで拭うロウウェル対し、男は愕然とした顔で半分以上減った発泡酒のジョッキ片手に、口端から残った液体を追加で垂らしながら宣った。
心底汚い。
「お前、休日にまでその格好してんのか?
正気か?どう考えてもこれから任務に行く装備だろうがそりゃ
いつもいつもその格好だとは思ってたが……」
「そんな事でお前寿命を縮めたのか。
断じて俺のせいじゃないとだけ言っとくぞ」
そう言ってロウウェルは席を立つ。
何故か?
半端じゃない怒りを纏った威圧感が背後から襲ってくるからである。
轟々と音がしそうな空気を身に纏う女性店員が、ポタポタと髪から黄色い液体を滴らせながら青筋を立てて微笑んでいる。
「あらククト。
今日のうちの発泡酒は、文句の代わりに口から思わず浴びせ掛けるぐらい不味かったのかしら」
物語にでてくる魔王が顕現すれば、きっとそれは彼女なんだろうと思うくらいの迫力であった。
「げっ
い、いやアリアナ…きょ、今日も美人だぞ?その、青筋がなけりゃもっとびじ……」
言い募ろうとしたS級冒険者のククトを、ただの宿屋の看板娘が締め上げる光景は、最早この宿の名物と化している。茶化し冷やかす声があちこちから浴びせられる中、立ち上がったロウウェルの側でテーブルに乗り上げるアリアナの香りがふわりと鼻をくすぐる。
臭い。
ククトの咀嚼していた料理に加えて、発泡酒に唾液の混じった臭い。
ふわりと香る女の纏う匂いにげんなりし、表情にまでげんなりが表れる。フードを被っている上口布をしているロウウェルの表情は読み難いが、もう5年以上の付き合いになるアリアナにはお見通しだったのだろう。ゆっくりと振り返ってロウウェルへと笑顔を向ける。
「……今、何か考えたでしょう」
ロウウェルはギクリとする。
「……いや?」
「そのフードと口布で隠せると思ったら大間違いよこのわんわん」
確かに女性に抱くには大変失礼な感想だった事は認めるが、完全にとばっちりである。
「いや、誤解だアリアナ。落ち着けっ」
焦りでじわりと口布の中に湿り気が広がり後退る。
「わんわんはお鼻がいいものねぇ」
テーブルに乗り上げていた脚をしっかりと床に下ろし、アリアナに解放されたククトは精神的なダメージでテーブルに突っ伏している。なんせ好きな女に口の中の物を浴びせかけたのだ。そりゃダメージも喰らうというものだ。
そして怒りの矛先が自分に向かっている事に焦りまくったロウウェルは余計な一言を発するのだ。
「君は断じて臭くない!臭いのはククトの唾液と発泡酒と混ざった君だ!!」
そしてわんわんは赤髪のお猿と共に鉄拳制裁を喰らったのだった。
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