お嬢様

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お嬢様

 眼前に聳え立つ門扉に溜息を吐きたくなる。依頼人の金銭的余裕があるのは大変喜ばしい事だが、自分に不釣り合いな雰囲気を感じてロウウェルは辟易とした。  時刻は昼過ぎ。1日を6つで分けた、晨朝・日中・日没・初夜・中夜・後夜のうち、ギリギリ日中の範囲の訪問だった。  基本的に何処かへ尋ねる際は日中・日没の間に済ませるのが無難である。そもそもそこまで厳密に時間を気にするのは、商人や上流階級などの建前を重んじる連中くらいのものだ。  つまりロウウェルは貴族の邸宅を訪ねるには、これ以上なくベストな時間を選んだ。辟易とする気持ちを押し込めて、巨大な鉄製の門扉へ向かって手を翳す。  目に見えない空気が、ロウウェルの掌から波紋状に揺らめいて、揺らめきに沿うように人の声が聞こえる。 「どちら様でしょう?」 「S級冒険者、剛強のククト・バンからの推薦で護衛依頼を受けたい。傭兵のロウウェル・グウェンと言う者だ」 「案内の者を遣わせます。そちらで少々お待ちを」  事務的な女の声が途切れると、ロウウェルは掌を下ろし、繁々と邸宅を見遣る。  他の伯爵家を見た訳ではないが、少なくとも領主であるソーレン伯爵家はこの周辺のどの貴族や豪商の邸よりも広大な土地と、堅牢な外壁を誇っていた。門扉から室内へ続く魔力回路も一片の引っ掛かりもなく、門扉の結界術も強度が凄まじい。  まじまじと観察していると、人の足音を拾う。随分と軽い足音から女性だと判断したロウウェルは、意外に感じた。通常、こういった部外者の案内は、武術の心得のある騎士や傭兵、護衛などがするものだ。不届き者であった場合に対処する為に。そこまで人材に余裕のある家でのルールでしかないが、このどこよりも裕福に見える伯爵家にその力がないとは思えなかった。  ロウウェルが意外と細かい事を気にしていると、やがて目視できる範囲に案内人が現れる。  そして若干目を見張る。  風に靡く金髪に、薄桃とも紫ともとれる不思議な虹彩の瞳。細い首筋に滑らかで白い肌、印象的な目元の黒子。顔の造作は整っていて、身のこなしは明らかに侍女のものではない。 063cf712-1797-4422-b033-0379a09a4cca  誰だ??  内心首を傾げるロウウェルに、案内人はニッコリと微笑んで、扉に手を当てて結界術を解除する。 「貴方に護衛していただきます、ソーレン伯爵の三女、アレマ=ルワンダ・ソーレンです。  お待ちしておりました。狼人・グウェン殿」  外見からの可憐さよりも、男勝りな印象の自己紹介を聞いたロウウェルは、到着時押し込めた溜息を今度こそ吐き出した。
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