お嬢様

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「おや、マナー通りの時間にお訪ねかと思いきや、人の顔を見るなり溜息とは、分からない人だ」  貴族のお嬢様には大凡似つかわしくない口調の目の前の少女、いや女性か?成熟の過渡期にあるだろう年齢の彼女へロウウェルは謝罪する。 「これは失礼。あまりの美貌にため息を禁じ得なくてね。生憎と職業柄無骨者だ。多少の無礼はご容赦願いたい」  ふむ、とアレマは顎に手を遣ると納得したように頷いた。 「上滑りの世辞を、女性に送るくらいのマナーは心得ているようで安心ました。これなら父とも良い交渉ができる。  付いてくるように。案内します」  言われるがまま付いてくるロウウェルの気配を探りながら、アレマは内心安堵する。強気には出てみたが、冒険者である傭兵で、しかも種族の違う狼人である彼に対して警戒心はどうしても拭えなかった。  どんな野蛮人が来るかと思えば。何の事はない。冒険者あがりの騎士団員の方がよほど荒くれ者だ。野性味を残した犬のような従順さに、アレマは拍子抜けだった。 「さっきは「父と交渉」と言ってたが、俺は伯爵の依頼だと聞いてきてる。何で依頼人の前に護衛対象であるお嬢様に会うんだ」 「それは私が父上にお願いしたからだよ。君を調べて、君に依頼が辿り着くように剛強のククトに伝手を辿ったのさ」  くつくつと笑う気配に不安が募る。 「私は狙われる身だが、騎士団内で負傷者は出せない切羽詰まった状況でね。街の冒険者で有望な者は引き抜き済みだし、女性の冒険者の数なんてたかが知れてる。  どうせ男を付けるなら、護衛として1番頼れる相手をと思ったんだ」  本来の喋り方なのだろう。核心にいきなり触れてきたロウウェルに対し、敬語を取っ払って喋るアレマに疑心が募る。  貴族のお嬢様が調べた?どうやって。伯爵は確かに権力もあるし、隠密のような組織も持っているかもしれないが、それは責任のない三女が自由にできる権力では無いはずだ。そもそも、世間知らずのお嬢様は親に言われるまま育ち、従うものだ。そう教育を施されるし、それしか知らない。それにも関わらず、このお嬢さんは能動的で自立的に過ぎる。  それに、要は使い捨てが出来て有能な駒が欲しかったと言われているのだ。 「君だって損得を考えてここにやってきたんだろう?そんなに訝しげにせず、依頼を受けさせて貰えるように父に交渉したまえよ」 「随分と簡単な事のように言ってくれる。俺のような無骨者が、伯爵様と交渉ができると本気で思ってる訳でもあるまい」  邸内に入り、広間の階段を上り、扉から廊下へ進んで歩いていく。よく見る貴族のお嬢様と違い、アレマの足元はヒールの安定した編み上げブーツだ。その歩みはロウウェルが遅いと感じない程度には早かった。 「できるさ。君はしないといけない。  自分の為にね」  
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