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彼が時計台を見つめ、顔を綻ばせた。時計台の天辺には童話『ピーター・パン』のオブジェが乗っている。
「自由で強くて勇敢なピーターパン。かっこいいです」
(違うって。JKはそんな良い意味で呼んでるんじゃない)
子供だけの国ネバーランドに住むピーター・パン、それは永遠に大人になれない少年。
「ああ、今日もパンがおいしいです。お掃除も楽しい。お洗濯も。ぼくはちゃんとジリツしているのです」
彼が誇らしげに顎を上げて目を細める。
「ジリツってすごいことなのです。ぼくはちゃんと独り暮らしできてます。先生にも褒められました」
「先生? そ、そう……よかったね」
「よかったです」
この素直さ、真っすぐさも特徴の一つなのだろうか。だとしたら私の方がよっぽど生き辛い。
(私はこの世界から嫌われちゃったみたいだし……)
“大丈夫”と呟くほどに不安は増して、未来の自分が黒く塗りこめられていく。
やがて時計台からオルゴール曲『右から二番目の星』が流れ始めると、彼がおもむろに立ち上がった。
「九時になりました、帰ります。あなたのお名前は?」
「え、美園……弥夜子だけど」
「ぼくは真己です。高瀬 真己。では弥夜子さん、また明日」
「は!?」
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