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高校を卒業して、お互い地元には残るけど、別々の大学に進学した古谷北斗と、三年ぶりに街中で再会する。正直、初めは声をかけられても誰だか判らなかった。高校時代の彼の意図しない伸びっぱなしマッシュヘアはベリーショートになり、黒髪からアッシュ系に染髪したみたいで、まさにイマドキの男子に変身していた。レンズの分厚い眼鏡もやめてコンタクトにしたみたいだし、服装も清潔感があって垢抜けていて、ファッションに疎い私でも、彼がお洒落だということは容易に判った。
「優ってさ、いま彼氏いる?」不意に北斗が言った。
「いないけど……なんでそんなこと聞くの?」
「いや、時間あるなら昼メシいっしょにどうかな、と思って。……ほら、さすがに彼氏いるならさ、異性と二人きりってのはマズいじゃん」
変な想像が脳裏をよぎり、咄嗟に警戒した自分が恥ずかしかった。北斗は私の立場を考慮して質問してくれただけで、そこに“下心”も“あわよくば”も無い。それに、高校のときから化粧っ気の無い芋女スタイル絶賛継続中の私に、わざわざ言い寄る理由なんてないだろう。
私は北斗の提案に賛成し、二人で値段もお手頃なイタリアン料理店に入る。どうせ一人で街をぶらぶらしていても、本屋に行くか喫茶店でお茶して、スーパーで夕飯の食材を買って帰るだけだ。いつものルーティンから外れた、良い気分転換になりそうだと思った。
私と北斗は同じランチセットを頼むと、自然にそれぞれの近況報告を始めた。北斗はすっかり別人のようで、まさに一皮剥けているように思えた。大学ではたくさん友達ができたようだし、居酒屋でのバイトもアットホームな雰囲気の職場らしく人間関係も良好で、毎日が充実しているとのことだった。
……だからこそ私は“あのこと”を彼に聞いて良いものなのか、迷っていた。北斗に久しぶりに声をかけられて、なるべく平静を装っていたつもりだったけど、心臓が激しく鼓動してうるさかった。そんな私の胸中を知ってか知らずか、切り出したのは北斗の方だった。
「そういえば優さ、文蓮会新人賞獲ったんでしょ? おめでとう!」
「うん、ありがとう。……てか、北斗の耳にも入ってたんだ」
「うちの母親、文芸部のOBだったからさ、母さんから聞いた。……しっかし、すげぇよな。うちらの代からも、マジもんの小説家が出るなんてさ」
「ちょっとやめてよ。まだ小説だけで食べていけてるわけじゃないんだし。小説“家”って呼ぶのは早すぎるよ」さっきまでしっかりと北斗の眼を見つめられていたはずなのに、途端に私は視線を逸したくなった。それでも私の頭には、ひとつの質問が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。彼の細くて白い首元に目線の照準を下ろすと、私は一度息を吐き、意を決して北斗に聞いてみることにした。「……それで北斗は……大学で文芸部に入ったの? 最近、小説書いてる?」
「あはは。高校でやめたよ、小説書くの」
持っていたフォークを床に落としてしまうような衝撃……なんてものは、私に訪れることは無かった。それとなく知っていた。なんとなく判っていた。でも、内心では北斗に今でも小説を書き続けていてほしくて、想像していたものと違う答えが返ってくるのを望んでいた。その淡い期待は、子どもの吹くシャボンより脆かったわけだけど。
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