2人が本棚に入れています
本棚に追加
私と北斗は高校生の頃、学校の文芸部に所属していた。うちの高校の文芸部は、先代に有名な小説家を複数人、輩出しており、全国的にも知名度があったし、私たちが一年生の段階で部員はなんと三十名近くいた。そのなかでも古谷北斗は将来有望で、顧問からの評価も高く、他の部員からも一目置かれていた。
北斗の書く小説は、とにかく発想がズバ抜けていた。交通事故がきっかけで、ギャンブル狂の主人公の魂が時空を越え、異世界の軍師の体内に入るといった物語では、主人公の破滅的な性格のおかげで、異世界の戦争がどんどん混沌を極めていく。それだけでも破茶滅茶で、原稿をめくる手が止まらないのに、実は軍師の魂と主人公の魂は入れ替わっていることが後半になって判り、中身が軍師の主人公が、現代の世界でもハプニングを起こしていくーーという複雑な構成をきっちりとまとめていて、筆力の高さに驚かされる。
他にも、政府が考案した人間の行動サンプルを収集するための実験により、産まれたときから二億円もの電子マネーを所持した主人公。彼は買ってもいない宝くじが当たったような気分で散財しまくるが、友達も恋人も自分の立場もすべて“金次第”だと早々に悟ってしまい、アイデンティティを模索する。そんな哲学的で文学的な作品も書いたりなんかする。
北斗の頭のなかは一体どうなっているんだろう。私は一年生のときから古谷北斗の才能に惚れ込んでいるし、彼のことを紛れもない天才だと思い込んでいた。
だからこそ反対に北斗は、なぜ私なんかの小説を気に入ってくれたのかが判らなかった。畏れ多かった。でも裏を返せば、舞い上がって空から帰って来れなくなるんじゃないかと思うほど嬉しかった。屁理屈をこねくり回して鍋にぶち込み、ぐつぐつ煮詰めたような、私の恥ずかしくて汚い私小説。だけど北斗は言う。
「自分の思想・思考を惜しげもなく文章化できる優には、素晴らしい才能があると思うよ。大抵の場合、他人に読ませるとなると、表現にブレーキがかかったりするもんね。そこがひとつ、他の作品より抜きん出ることができるかどうか、私小説のハードルだと思うなぁ」
「でも私の小説、先生方には幼稚で青くさいって言われちゃった」
「言い方は悪いけど……年寄りばっかだったからね。こんなこと言うとまた幼稚な考えだって言われちゃうかもだけど……若い人の感性に、あの人たち付いて来られないんだと思うよ。まぁ、優の作品も僕の作品も、まだまだブラッシュアップが足りないのは前提としてね」
毎年夏休みになると、文芸部のOB(現役の小説家)たちがうちの学校に来てくれて、書き上げた小説へアドバイスをくれる【作品批評会】というものが行なわれていた。参加する・しないは各人の自由だが、プロに無料で作品を添削してもらう機会なんて滅多に無いし、北斗が批評会に力を入れるのも当然だし、それは私だって同じだった。
古谷北斗は私にとって決して敵うことの無い高い壁だったけど、私も文芸部に所属してる以上、創作者であり、表現者でいたかった。小説を書き始めたのは中学三年生の終わりからだったし、それまでは小説を読むばかりで、特に読書感想文も作文も好きというわけではなかった。でも北斗に限らず、他の部員にもセンスの光る人がいっぱいいるわけで、遅れを取っている状況が明確だと、私も努力せずにはいられなかった。
最初のコメントを投稿しよう!