2人が本棚に入れています
本棚に追加
一年目と二年目は、批評会で三人の先生から私が頂いた意見は批判ばかりだったし、反対に北斗は褒められてばかりだったけど、だからといって彼はすべての意見を鵜呑みになんてしていなかった。手放しで過度に喜んだり現状に甘んじたりせず、いつも冷静だった。
「プロに評価を受けるのも、もちろん大事なことだと思うよ。でも、先のことを見据えるなら、例えば僕が小説を書いてめでたく本になるとして。その作品を読む人のなかで圧倒的に多いのって、人生で一度も小説を書いたことのない素人ばかりなのね。丁寧で判りやすく、馬鹿にも優しい……とまでは言わないけど、玄人受けを狙った“判る人には判る”ってスタイルじゃあ、世間には通用しないと思うんだよ。それならネットや同人誌、自由に発信できる媒体でやれば良いと思うし、やっぱり商売のことを考えると、売れてナンボさ。オナニーじゃ勝てない」
平気で女子相手にお下品なワードを使ってしまう、北斗の無神経さに変な脂汗をかきながらも、彼の言葉に私は惹き込まれる。北斗の真剣な眼差しは、私の心を射抜くほどに力強いし、そんな彼だから私は追いつきたいと思っていた。
そして私たちは切磋琢磨を続け、三年生に進級する。初めて北斗から完成前の新作原稿を渡される。夏の批評会に提出する予定の作品らしい。私にとうとう気を許してくれたのかは判らなかったが、天才から認められた気がして嬉しかった。いや、以前から私の小説を北斗は認めてくれてはいたのだが、こういった形で作品の相談を持ちかけてきたことは無かった。柔い赤子を手渡されたような気分だった。気になるところがあれば好きなように指摘してくれて構わないとは言われたが、果たして私が適正なジャッジを下せるのか、正直不安だった。
……そして、その予感は別の形で的中する。
私は北斗の書いた小説に、靴のなかに小石が入ったような、微かだけど確かな違和感を覚える。
タイトルは「暗転世界」。異世界転生ものだ。ごく普通の中学生が、ある日ファンタジーゲームの世界に入り込みーーって、以前のような突飛な設定は影を潜め、所々に彼にしか表現できないセンスは見え隠れするものの、どことなく読者受けを狙ったような、ありきたりな小説がそこには在った。
こうすれば読んでる人は喜んでくれるんじゃないか、こういう展開にしたら感動を呼び起こせるんじゃないか、このラストだったら面白いと思ってもらえるんじゃないかーーといった、作者本人の思惑が全面に浮き出ていた。それは多くの小説やアニメ、映画などを観てきた私が、北斗の書いた作品に既視感を覚えたがゆえの感想なのかもしれない。少なからず“面白い”、“つまらない”を判断できるまでに私が成長した証なのかもしれなかった。
私は自分の部屋の机の前で、彼の印刷された原稿に目を通しながら、頭を抱える。右手に持った赤ペンは、誤字脱字をチェックするだけで、作品そのものに修正を加えたりはしない。私なんかが北斗の情熱を込めた小説に駄目出しする権利なんて無いだろうし、北斗だってそれを望んではいないはずだ。私に原稿を託したのは、細部のチェックをしてもらうためだけであって、いわば私は内校係だ。そう思っていた。そう思い込むことにした。
だから私が北斗に原稿を返却し、彼に改善箇所を求められたところで、素直な返事ができない。
最初のコメントを投稿しよう!